犬の毛色は目で見て分かりやすい、遺伝する特徴のひとつです。しかも、その特徴はわずか10数個の遺伝子によって決定されるといわれています。似たような毛色でも、実はその毛色を作りだしている遺伝子の働きが異なる場合があるのです。そんな毛色の遺伝背景の違いを知れば、犬を観察する目が変わってくるかもしれません。
黒の犬というとどんな犬種を思い浮かべますか?プードルやラブラドール・レトリバー、パグなどがいますよね。黒&白のバイカラーになると、ボストン・テリアやパピヨン、ボーダー・コリーもいますよね。
実は犬の黒毛は見た目が同じでも、遺伝的背景が異なることがあるのです。また、遺伝背景が異なると、同じ黒毛でも体のどの部分にはえてくるかが違ってくることもあります。
今回はさまざまな遺伝背景をもつ犬の黒い毛色のおはなしです。
こんなことについて書いてあるよ!
同じ黒毛でも遺伝背景が異なる犬種がある
犬の毛色は2種類のメラニン、ユーメラニンとフェオメラニンと呼ばれる色素の沈着により作られています。ユーメラニンは黒~茶褐色、フェオメラニンは赤~黄褐色の顆粒状の物質です。
どちらのメラニン色素が使われるか、分量や比率はどうか、どのように出現させるかは、複数の遺伝子が決めています。それぞれの遺伝子をどんな組み合わせで持つかによって毛の色は異なるというわけです。
黒毛はユーメラニンと呼ばれる色素により作られています。どの犬種でも、全身黒でも斑であっても、黒い毛はユーメラニンがつくっています。見た目にはなんら違いはありません。しかし、同じ黒でも別の遺伝子の働きによってつくられることもあれば、遺伝形式が異なっていることもあるのです。
ここでは大きく次の3つの「黒毛」についてお話します。
- 全身黒、または黒&白のバイカラーの優性遺伝をする黒毛
- 全身黒、または黒&白のバイカラーの劣性遺伝をする黒毛
- トライカラーやブラック&タン、ブリンドル、ブルーマールに混ざる黒毛
同じ黒い毛でも遺伝的には異なるため、子への受け継がれ方は違います。このことは、とりわけ劣性黒毛の遺伝子を持つ犬種を繁殖するブリーダーにはとても有用な情報となっています。いち飼い主である私たちが「うむむ、この子の遺伝子の組み合わせは…」と頭を悩ませる必要はありませんが、「同じ黒でも色々違う」ことを知っておくのは遺伝学を知る良いきっかけになると思います。
優性遺伝をする黒毛〜優性ブラック
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優性遺伝をする黒毛は、小型犬から超大型犬まで広くみられます。プードルやラブラドール・レトリーバー、シュナウザー、スコティッシュ・テリア、パグ、ポメラニアン、アメリカン・コッカー・スパニエル、グレート・デーン、ニューファンドランドなどです。黒&白のバイカラーになると、ボーダー・コリーにボストン・テリア、狆、チワワ、ペキニーズ、ジャック・ラッセル・テリア、パピヨンなどなどその数はより多くなります。
優性遺伝とは、両親それぞれから受けついだ遺伝子の片方でも優性のタイプの遺伝子(この場合は黒毛という形質になる)を持っていれば、子もその特徴を持つようになる遺伝形式のことをいいます。ですから優性遺伝をする黒毛として上に挙げた犬種なら、黒毛の両親から黒毛の子犬が産まれる確率は高まります。
しかし仮に、両親ともが優性黒毛の個体であっても、100%の確率で子が黒毛になるとは限りません。その犬種にどのような毛色のバラエティがあるかによっても違ってきます。日本人のように先祖代々脈々と黒髪が受けつがれてきているならば、その確率はほぼ100%となりますが、犬の場合はもう少し複雑な遺伝背景があるため、劣性の遺伝子の形質が突如現れてくることがあるからです。私たち人間の間では、先祖返りとか隔世遺伝などと呼んでいる現象です。
劣性遺伝をする黒毛〜劣性ブラック
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それでは劣性遺伝をする黒毛についてのおはなしに進んでいきたいと思います。まず劣性遺伝とは、両親どちらともから劣性のタイプの遺伝子(この場合には劣性の黒毛になる)を受けつがなければ、黒毛を持つ個体とならない遺伝形式のことをいいます。つまり、劣性黒毛になるには必ず両親からその形質(劣性黒毛)をあらわす遺伝子を受け継ぐ必要があります。
劣性遺伝をする全身黒毛の犬種は、優性のそれに比べるとごくわずかしか存在していません。ジャーマン・シェパード・ドッグやユーラシア、スキッパーキなどで確認されています。黒&白のバイカラーになる犬種にはシェットランド・シープドッグがいます。研究が進めば劣性黒毛の遺伝子を持つ新たな犬種が見つかるかもしれませんが、今のところ劣性黒毛のみの黒毛となることがわかっているのはこの4犬種のみです。黒毛であっても劣性黒毛だけしか存在しない犬種は犬界ではとてもマイナーな存在なのです。
この中で特筆すべきは、ベルギー原産の小型犬スキッパーキでしょう。現存している中で唯一、劣性黒毛の毛色のみで固定されている犬種です。黒毛の犬自体は珍しいものではありませんが、このように、遺伝的にはどのような黒毛かという観点から見てみると、とても珍しい犬種ですよね。
「珍しいつながり」でもうひとつ。劣性黒毛の遺伝子を持ってはいるものの、毛色は白またはほとんど白になる犬種もいるのです。サモエドやアメリカン・エスキモー・ドッグがそれです。これらの犬種はまた別の遺伝子の影響を受けて、毛色が黒くならず白になることが分かっています。
さて、劣性遺伝する黒毛においては、両親ともに黒毛でなくても黒毛の子犬が生まれてくることがあります。優性の形質の遺伝子のかげに隠れている劣性遺伝子を、両親それぞれから受けついだ場合です。先ほどお話した「劣性の遺伝子の形質が突如あらわれた」ケースです。
ところで、劣性黒毛はなく優性黒毛だけがあり、他のカラーバリエーションもある犬種において、両親ともに黒毛以外の毛色の場合には、子犬の毛色はどのようになるのでしょう。答えは「黒毛の子犬は100%生まれない」です。なかなかややこしいですね。
このようなところが遺伝の法則の面白いところであり、ちょっと難しいと感じるところでもあるかもしれませんね。
優性・劣性の両方の遺伝情報をもつ犬
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さて、これまたややこしい話ですが、優性黒毛と劣性黒毛、両方の遺伝情報を持つ犬種もいます。なぜなら、優性黒毛と劣性黒毛はそれぞれ別の遺伝子が作り出しているからなのです。優性黒毛遺伝子に対する劣性の形質はブリンドルなどの毛色になり、劣性黒毛遺伝子に対する優性の形質は、フォーンやブラック&タンなどになります。ですので、同じ黒毛であっても、優性、劣性の両方のタイプの黒毛を作り出すことができる犬種が存在するのです。
そのような犬種に、縄状の被毛が印象的なプーリー、ベルジアン・シェパード・ドッグのバリエーションのひとつ、グローネンダール、ボーダー・コリーなどがいます。ここまで読んで犬種に詳しい方はお気づきかもしれませんが、劣性黒毛の遺伝子を持つ犬種はハーディンググループ(牧羊犬・牧畜犬)に多く見られるのが特徴です。
別の遺伝子が影響してつくられるトライカラーやブラック&タン
さて3つ目の分類であるトライカラーやブラック&タン、ブリンドル、ブルーマールなどに混ざる黒い毛についてお話します。
これらの毛色を作っているのは優性黒毛や劣性黒毛とは別の遺伝子、または同じ遺伝子でも違うタイプ(DNA配列が異なる)のものです。少し細かく説明しますね。
ブリンドルやトライカラーも、優性黒毛と同じ遺伝子座の遺伝子をもっています。しかし、同じ遺伝子だとしてもDNAの並びが変わってくることがあります。DNAはその配列が変わるだけで働きが変化することがあり、その結果違う形質を作りだすことがあります。ブリンドルは優性黒毛と同じ遺伝子でありながらも遺伝子配列が少し異なるタイプの遺伝子によるものでブラック&タンやサドルパターンもまた別タイプの遺伝子が関与しています。
黒・茶・白のトライカラーは、そこにさらに白斑(メラニンの沈着がない毛)を作る別の遺伝子の働きがくわわってつくられます。なお、上述した優性黒毛、劣性黒毛いずれの黒&白の毛色も同じく、この白斑を決定する遺伝子の働きが関わっています。
今日は「同じ見た目でも、遺伝背景が異なることがある」のと「遺伝背景が少しずつ違うために、違う見た目になることがある」のを同時におはなししましたので、「うわー!どっち!?」となってしまったかもしれません。
第一回目で覚えていただきたいことは、黒い毛を作りだすのは遺伝子の働きがあってこそなのだけれど、同じように見える黒い毛でも違う遺伝子が働くことでつくられていることもある、ということです。もっと簡単にいえば、同じような見た目であっても、実は遺伝背景が違うことがあるんだよ、ということだけでもいいくらいです。
今回を含め、7回にわたって同じように見える毛色の遺伝背景の違いについておはなししていきます。「なぜこの毛色になるのか」ということだけでなく、「毛の色からわかるかかりやすい病気」などの内容もお伝えしていきますよ。ぜひ楽しんで読みすすめてくださいね。
◼︎以下の資料を参考に執筆しました。
[1] Candille, S. I., Kaelin, C. B., Cattanach, B. M., Yu, B., Thompson, D. A., Nix, M. A., … & Barsh, G. S. (2007). A β-defensin mutation causes black coat color in domestic dogs. Science, 318(5855), 1418-1423.
Featured image creditKsenia Raykova/ shutterstock