犬を叩いたり時には蹴ったり吊るし上げたりすることが「しつけ」という名目で一部のトレーナーあるいは飼い主よって行われている、ということを聞いた。動物のウェルフェアの基準からすると逸脱した行為である。いや、日本の動物愛護に関する法においても許されない。動物の愛護および管理に関する法律の第2条には以下のような法文がある。
動物が命あるものであることにかんがみ、何人も、動物をみだりに殺し、傷つけ、又は苦しめることのないようにするのみでなく、人と動物の共生に配慮しつつ、その習性を考慮して適正に取り扱うようにしなければならない。
実はとても基本的なことで、小学生でも理解ができる動物倫理だ。だが「しつけ」という名においては、動物への配慮の心は途端に忘れられてしまうのかもしれない。おそらくそのためか、私が住むスウェーデンの動物保護法では、動物の扱いにおいて日本よりもっと具体的に暴力の禁止が示されている。 今年4月から30年ぶりに動物保護法が改正となり、動物の人道的な扱いについての規則がさらに強化された。
動物のトレーニングおよび競技についての規則と行政指導」の中には動物の扱いについて以下のように記されている。
動物が傷ついたり、身体的、心理的に苦しむような器具、補助具、あるいは方法を使用してはいけない
トレーニングについての規則を作ることで、動物保護をより確実にしようとしている。
動物への暴力を禁止するスウェーデンのトレーニング
法で述べられている動物ウェルフェアの精神は、動物に携わる団体においても広く浸透している。たとえば非営利団体ワーキングドッグ・クラブ(※1)では、動物保護法で述べられていることをさらに強化するために「クラブのトレーニング方針」というものを発表している。その中には以下のようなものがある(※2)。
- ハンドラー(犬を扱う人のこと)が犬を正さなければならない際は、その個体の性質、あるいは状況や事態に合わせて行うこと。決して自分の怒りをぶつけたり衝動のままに犬を叱ったりしてはならない。
- 犬への暴力も禁ずる。犬に不必要な痛みや不快を与えるトレーニング方法、トレーニングツールを使うことは許されない。
また、「動物を苦しめたり傷つけるような方法や器具」というのも、かなり具体的に定められている。電気ショックカラーやプロングカラーの使用は、苦痛を与えるトレーニング道具ゆえにスウェーデンではもちろん違法だ。
電気ショックカラーの使用をアメリカのドッグトレーニング番組などで見ている私たちは、つい「しつけのためなら、少々動物に痛い思いをさせてもいいものだ」と思いがちだ。テレビ番組で電気ショックを使うトレーナーはタイミングよく器具を使うので、ほんの少し嫌悪刺激(動物にとって苦痛となる刺激を与えること。叩く、電気ショックを与えるなど)を与えるだけで犬にやってはいけないことを瞬時に学習させる。だが、問題は多くの人は熟練したドッグトレーナーほどタイミングを掴むのが上手ではない、犬を読めないために、間違った使い方をして不必要な苦痛を与える可能性が高い。
”正しく罰を与えること”は驚くほど難しい
嫌悪刺激で動物の行動をコントロールするには絶妙なタイミングが必要となる。犬のいたずら行為(とは言ってもこれは人間目線。犬にとっては自然な行動だったりする) について我々が叱っても、それが自分の行いに対する罰であることがはっきり犬に理解されない限り、学習にはならない。
例えば留守番中に犬がおしっこ、うんちをして部屋中を散らかしてしまったとしよう。帰ってきた飼い主はびっくり、犬の首根っこを押さえて叱るかもしれない。だが、おしっこ、うんちをしたのはすでに過去のこと。犬には叱られている因果関係がわからず結局何も学ぶことはできない。この点で人と犬は異なる。人は何が悪いことなのか、過去の事象を鑑みて判断する能力がある。それは犬にはないのだ。
悪いことをしていれば、まさにその瞬間に嫌悪刺激がやってこないと「連想」すなわち「所定の場所以外でのおしっこ=嫌な経験」という思考回路にならない。断っておくが、例えおしっこをしている最中に叱っても無駄である。オシッコをしようかな、と犬が考えたその瞬間に嫌悪刺激の到来がないと、まずわかってもらえないだろう。オス犬が足を上げた瞬間に叱っても、時はすでに遅しだ(みなさんもすでに経験をしているのでは?)。それぐらい正しいタイミングを見極めるのは難しい。
”誤った罰”は動物に高いストレスを与える
あやまった嫌悪刺激は、「不必要」なだけでなく弊害もある。ここに、罰を与えるタイミングとストレスとの関係を明らかにしようとした研究があるので紹介しよう。2007年にドイツのE. Schalke[1]らによる研究だ。
これは、獲物を追いかけようとするビーグルの行動を阻止するために電気ショックを使いその後のストレスレベルを調査したもの。ビーグルを3つのグループに分け実験が行われた。
- ひとつのグループには、動く仕掛けのあるウサギのダミーに触ったら電気ショックを与える
- もうひとつのグループには、狩猟をしているときに呼び戻しを無視したら電気ショックを与える
- 最後のグループには、脈絡なしに電気ショックを与える
さてこのうち、ストレスレベルが一番低かったのはどのグループか推測できるかな?
ストレスレベルが一番低かったのが、最初のグループ。次が、呼び戻しで言うことを聞かなかったらショックが与えられた2番目のグループ。最初のグループに比べると、このグループにおけるストレスはかなり高かったということだ。そして ストレスレベルが一番高かったのが3番目。
なぜ1番目のグループのストレスレベルが低かったのかというと、犬にとって因果関係がわかりやすかったからだ。ウサギのダミーに犬が触るか触らないかというのは人間にもはっきり見える。だから「ここぞ!」という時にショックを与えることができる。同時に犬もすぐに因果関係「触る=電気ショック」を捉えることができた。要は触らなければ、ショックはこない、と学習できる。この関連性を理解できるから自分で状況をコントロールできる。
しかし、2番目の実験の呼び戻しというような状態だと人にとってタイミングが難しいし、犬にとって何を持って嫌悪刺激が到来したのか、分かりにくい。それに、呼び戻されるのはウサギを見つけているさなかだ。興奮して集中するあまりに人の声は聞こえていない可能性も高い。よってこの時電気ショックを受けたビーグルはどうすれば電気ショックを受けないで済むのか、という関連性をつかむことができず、さらにいつ来るかわからない電気ショックという嫌悪刺激を恐れて、ストレスレベルを高めた。
嫌悪刺激を経験しても因果関係をきちんと学習していれば、動物はそれほどストレスレベルを上げないでも済むというのは、マウスの実験[2]からも証明されている。しかし、因果関係が掴めないでいると、状況をコントロールすることは不可能となる。よってストレスレベルは上がる。叩かれても相変わらずいうことを聞かない犬は、おそらく因果関係を理解していないから言うことが聞けない。さらに最悪なことに叩かれる状況を自分でコントロールできず恐怖感を高めストレスを感じているはずだ。
罰することで犬に何かを学習をさせることは、効率が悪く弊害も大きい。では仮に、非常に卓越した技術をもつトレーナーで、タイミング良くショックを与えることができるとしたらどうだろう。それなら「しつけ」として許されるのだろうか?
電気ショックカラーの恐怖を知っている犬はショックからーをつけるだけでストレスホルモンを上げると言われている[3]。叩くという行為が人であるとなると…? おそらく、その人を見ただけで犬の体の中ではストレス反応が起こるのだろう。
これは人と犬が持つべき理想的な関係なのだろうか?健全な関係というのは、恐怖ではなく信頼に基づくものであったはずだが。
※ The Swedish Working Dog Association https://www.brukshundklubben.se/kontakt/om-oss/sbk-in-english/:支部数300ヶ所、会員数6万人を擁するスウェーデンの国民的な犬のトレーニング機関ともいえる団体。
※2 原文”Statens jordbruksverks föreskrifter och allmänna råd om träning och tävling med djur”の藤田りか子による抄訳
3 § Utrustning, hjälpmedel eller metoder får inte användas på sådant sätt att det kan medföra skada eller annat fysiskt eller psykiskt lidande för djuret.
※3 電気ショックカラーに対する各国の対応
・デンマーク、ノルウェー、スウェーデン、オーストリア、スイス、スロベニア、ドイツ、およびオーストラリアの一部の州ではすでに禁止されている(Electric Shock Collars by The Kennel Club)。
・2017年にはヨーロッパ獣医動物行動学協会[4]は様々な学術的研究の結果をベースにし、その良い点悪い点を考察した上で 「動物のウェルフェアのために電気ショックカラーの使用に強く反対をする立場をとる」と言う声明を出している。
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◼︎以下の資料を参考に執筆しました。
[1] Schalke, E., Stichnoth, J., Ott, S., & Jones-Baade, R. (2007). Clinical signs caused by the use of electric training collars on dogs in everyday life situations. Applied Animal Behaviour Science, 105(4), 369-380.
[2] Weiss, J. (1972). Psychological Factors in Stress and Disease. Scientific American, 226(6), 104-113. Retrieved from http://www.jstor.org/stable/24927365
[3] Cooper, J., Cracknell, N., Hardiman, J., & Mills, D. (2013). Studies to assess the effect of pet training aids, specifically remote static pulse systems, on the welfare of domestic dogs: field study of dogs in training.
[4] ELECTRONIC TRAINING DEVICES: ESVCE POSITION STATEMENT – European Society of Veterinary Clinical Ethology
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