ワイアーヘアをつくりだす遺伝子は、口ヒゲの有無も決めている

犬のカラダ
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さまざまな毛質は犬の多種多様な見た目の違いを作り出している特徴のひとつです。

同じ犬種であっても毛が長かったり短かったり、ストレートだったりワイアーだったり。そんな犬の毛質のバラエティは遺伝子によってつくり出されているのです。

ワイアーヘア〜きめが粗く硬い毛質

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ワイアーヘアとは、英語で針金を意味するwireから名付けられた毛の呼び方です。針金のようにゴワゴワとしていて、きめが粗く硬い毛質であることが特徴で、犬種によってはラフコート、ブロークンコート、また日本語では粗毛などともいわれています。ワイアーヘアの犬種は一般的に、プラッキングやストリッピングと呼ばれる、ワイアーの独特な毛質に合わせたトリミング方法がとられています。

ワイアーヘアを持つ犬は、その名の通りのワイアー・フォックス・テリア、エアデール・テリア、ノーフォーク・テリア、ボーダー・テリアなどテリア犬種に多く見られます。ほかにもシュナウザー、アイリッシュ・ウルフ・ハウンド、ワイアー・ヘアード・ポインティング・グリフォンなどさまざまな犬種でも見られる毛質です。ハンガリアン・ビズラのようにショートタイプとワイアーヘアの両方のタイプがいる犬種もいます。

身近な例にダックスフンドがあります。ダックスの毛質にはスムース(短毛)、ロング(長毛)、ワイアー(粗毛)の3通りがあることは、みなさんご存知のとおりです。研究者がその毛質のバリエーションに着目し、DNA解析を行ったところ、犬のワイアーヘアを作る遺伝子が発見されたのです。

ゴワゴワ毛質や口ひげの有無も、遺伝子が決めていた

ワイアーヘアを決定している遺伝子はRSPO2(R-spondin 2)と呼ばれているもので、wntシグナル経路(wnt signaling pathway)という細胞の増殖や遺伝子発現、発生時の分化・形態形成に関与するネットワークの働きを高めることが分かっています。

シグナル経路とは、ある物質からある物質へとリレーのバトンをタッチしていくような形で何らかの号令を伝えていくようなネットワークのことです。生物はこのようなネットワークを何パターンか持っているのですが、そのうちのひとつがwntシグナル経路です。多くの生物に備わっているwntシグナル経路は毛包の形成や髪の毛を作るケラチン遺伝子の発現制御をし、毛周期の開始に重要な役割を果たしているといわれています。

シグナル経路の成立には、多くの遺伝子(タンパク質)が関わっています。関与する遺伝子が異なればシグナル経路も異なるものになりますし、遺伝子に変異があればシグナル経路の働きも変化することがあります。

ワイアーヘアの犬は、変異したRSPO2遺伝子を持っています。変異遺伝子を持つ個体では変異していない遺伝子(野生型)を持つ個体と比べて、より多くのタンパク質がつくられていることが明らかにされています。サラサラではなくゴワゴワとしたワイアータイプの毛質になるのは、この変異が影響していると考えられています。

ワイアーヘアは優性の形質です。なので、片親からワイアーになる変異したRSPO2遺伝子を受け継げば、ワイアーの形質があらわれます。しかし両親ともにワイアーヘアであっても、ワイアーでない子犬が生まれるケースもあります。両親ともにワイアーになるタイプとならないタイプの遺伝子をひとつずつ持っており、ワイアーとならないタイプの遺伝子の方を両親から受け継いだ場合です。この場合25%の確率で、ワイアーではない毛質(スムースなど)の子犬が生まれてくる可能性があります。

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Miniature schnauzer – image by NH / Shutterstock

さて、RSPO2遺伝子の変異の影響は、ワイアーの毛質をつくりだすだけにとどまりません。毛質を変えると同時に、口ひげなどの顔の飾り毛も作りだすことが分かっています。いわゆる、おじいさんのようなヒゲとでもいえばいいでしょうか。多くのテリア犬種やシュナウザーなどはその“口ひげ”の特徴がとてもよく表れており、さらにはその特徴を生かしたトリミングがほどこされています。

犬の毛質は3つの遺伝子によりほぼ決まる

実は、犬の毛質決定には基本的に3つの遺伝子が関係しています。長毛か短毛か、今回のワイアーになるかならないか、そしてもうひとつはカーリーヘアになるかならないかです。これら3つの遺伝子をどのようなタイプの組み合わせで持つかにより、それぞれの犬の毛質が決定されています。

カーリーヘアについてはまた別の機会に紹介するとして、ここでは長毛・短毛、ワイアーに影響する遺伝子の組み合わせについてみていきたいと思います。

復習POINT

短毛は長毛に対して優性の形質です。そしてワイアーヘアは、それ以外の毛質(スムースやロング)に対して優性の形質です。優性とは「見た目に現れやすい形質」のことで、対する劣性とは「現れにくい形質」のことです。

ここでは単純に、優性の形質を両親のどちらかから受け継ぐとその形質が現れると考えてください。

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Dachshunds – image by cynoclub / Shutterstock

まず、3種類の毛質を持つダックスフンドについてみていきましょう。繰り返しになりますが、ダックスの毛質にはスムース(短毛)、ロング(長毛)、ワイアー(粗毛)の3通りがあります。

スムースヘアのダックスは短毛となる遺伝子を必ずひとつ持ち、ワイアーヘアとなる変異したRSPO2遺伝子は持ちません。ワイアーヘアでは、基本的には短毛となる遺伝子を必ずひとつ、そしてワイアーヘアとなる変異したRSPO2遺伝子を必ずひとつ持つことになります。スムースになるかワイアーになるかの鍵は、変異したRSPO2遺伝子を持つか持たないかにあるということです。

ロングヘアの場合は、長毛となる遺伝子(変異したFGF5)を必ずふたつ持ち、ワイアーヘアとなる変異したRSPO2遺伝子は持ちません。長毛は劣性の形質なので、両親どちらからも長毛となる遺伝子を受け継いではじめて長毛になることが、ここで確認できました。

では、長毛となる遺伝子をふたつ持ち、ワイアーヘアになる遺伝子変異を持つ場合にはどうなるのでしょうか?この場合は”ソフトワイアー”と呼ばれている、ワイアーヘアよりふんわりとした柔らかな毛質を持つことになります。しかし私たちが”ソフトワイアー”のダックスを見かけることは滅多になく、犬種クラブのスタンダードでも認められていません。これは、ダックスフンドでは違う毛質を持つ犬同士の交配は推奨されておらず、“ソフトワイアー”の毛質の子犬が生まれる可能性のあるロングヘア×ワイアーヘアの交配は禁忌とされているからなのです。

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Briard dog – image by Ricantimages / Shutterstock

ダックスではスタンダードとして認められていない毛質ですが、一方で、ワイアーと長毛両方の遺伝子を持つ形で固定されている犬種もいます。オールド・イングリッシュ・シープドッグやブリアード、ラサ・アプソ、シーズー、マルチーズなどがその例です。

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Irish wolfhounds – image by DragoNika / Shutterstock

アイリッシュ・ウルフ・ハウンドの毛質は微妙なところで、まだはっきりとは分かっていませんが、おそらくワイアーとロングヘアの両方の遺伝子タイプを持つのではないかと考えられています。

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Collie (sable) – image by Svetlana Valoueva / Shutterstock

ラフへアード、ワイアーへアードなどが名につく犬種のほとんどは、このワイアーヘアの粗い毛を持つ犬です。しかし、かつてお茶の間の人気を博したラフ・コリーはその限りではありません。ワイアーヘアとなる遺伝子は持たず、長毛の遺伝子による毛質になります。見分け方のポイントは顔に飾り毛があるかないかで(顔の毛が伸びない)、ラフ・コリーは体の毛こそ長く伸びていますが顔に生えている毛は短いままになっています。


さて、次回はカーリーヘアを作り出す遺伝子についてのお話です。冒頭で挙げたワイアーヘア犬種の中の、ワイアー・フォックス・テリア、エアデール・テリアなどは、ワイアーヘアであり短毛、さらにカーリーヘアとなる遺伝子を持ち合わせています。彼らのクルクル毛の秘密を紐解いていきますよ。

◼︎以下の資料を参考に執筆しました。
[1] Cadieu, E., Neff, M. W., Quignon, P., Walsh, K., Chase, K., Parker, H. G., … & Wong, A. (2009). Coat variation in the domestic dog is governed by variants in three genes. science, 326(5949), 150-153.

Featured image creditGianfranco Bella/ shutterstock

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