メンデルの法則、覚えていらっしゃいますか?
メンデルの法則については、中学の理科や高校の生物の授業で一度は教わった経験がある方が多いのではないでしょうか。「エンドウマメの丸とかシワとか、そんな話だったような…」という感じかもしれませんね。
バッチリ記憶に残っている方は復習がてら、また、まったく記憶にない方も「いまさら勉強するのなんてイヤ!」などといわずに、どうか最後までおつき合いください。なぜならこのメンデルの法則は遺伝の仕方を理解するうえでかかせない、基本中の基本だからです。
メンデルの法則とは
メンデルの法則という名前は、この法則を発見したグレゴール・メンデルというオーストリア帝国(現在のチェコ共和国)の修道士さんが、エンドウマメの交配実験を重ねて見出した法則です。豆の色やしわの有無、背丈の高低といった見た目の「形質」に着目し、遺伝する形質には法則性があることを導き出しました。
研究を通じてメンデルは「優性の法則」「分離の法則」「独立の法則」の3つの法則を発見しました。このメンデルの大発見は遺伝学の礎となり、彼の功績なくしては現在の遺伝学の発展は語ることができません。
歴史的なおはなしはこのくらいにとどめておいて、さっそくメンデルが発見した法則がどのようなものなのか説明をしていきたいと思います。
優性の法則
まずは優性の法則について。日本で長年の人気を誇るチワワに登場してもらい、お話を進めていきたいと思います。チワワには長毛タイプと短毛タイプの2種類の毛質があり、ロングコート、スムースコートなどといわれていますが、これらの毛の長さを決めているのはFGF5というひとつの遺伝子です。
ひとつの遺伝子なのになぜ違うタイプの毛になるのかは、同じ遺伝子でありながらも遺伝子の設計図にちょっと違いがあるからなのです。その違いはDNAの突然変異によってつくられます。
DNAの突然変異とは、遺伝子のDNA領域の塩基の並び方が変わってしまったり、ひとつ抜け落ちてしまったり逆に増えてしまう現象です。そうすると、本来つくられるべきたんぱく質とは違う形のものができてしまったり、働き方が変わってしまったり、作られる量が変わったりすることがあります。
同じ犬種であっても毛の長さに二つのタイプがあるのは、このような変異がFGF5という遺伝子に起きたためです。FGF5という遺伝子は本来、短毛を作りだす働きをするのですが、変異が起きた遺伝子は長毛を作りだすことが分かっています。
このように、同じ遺伝子でも少しだけタイプの違うものを対立遺伝子といい、それぞれの形質を対立形質といいます。FGF5の場合、短毛と長毛の対立遺伝子のあいだには「その対立遺伝子が指示する形質があらわれやすいタイプ=優性の形質」と「あらわれにくいタイプ=劣性の形質」という関係性が生じます。毛の長短については、あらわれやすい形質が短毛、あらわれにくい形質が長毛になります。
これが「優性の法則」といわれるものです。といっても、きっとこれだけでは何がなんだかわかりにくいですよね。実際にどういうことが起こっているか少し詳しくみていきましょう。
ひとつの個体は両親それぞれからもらった染色体セットを持ち合わせているので、基本的に同じ遺伝子を両親からひとつずつ受け継いでいる状態にあります(性染色体は除く)。
短毛か長毛かを決める遺伝子についても例外ではありません。必ずどんな犬でもFGF5という毛の長短の決定にかかわる遺伝子を両親からひとつずつ受け継いでいるので、2つ持っています。その2つの遺伝子タイプ(対立遺伝子)の組み合わせがどのようになっているかによって、見た目にあらわれてくる形質(短毛か、それとも長毛か)が決定されています。
優性の形質である短毛の場合、両親それぞれから短毛タイプの対立遺伝子を受け継げばもれなく短毛になるばかりか、短毛タイプ&長毛タイプと一つずつ持ち合わせる場合にも短毛になります。つまり、短毛の対立遺伝子の方が長毛の対立遺伝子を抑えるかたちで形質としてあらわれてくるからです。
それが、優性の形質です。また、短毛タイプ&長毛タイプを一つずつ持っていたとしても、その中間くらいの毛の長さになることはありません。かならず、両親から受け継いだ遺伝子タイプのうちどちらか片方の形質だけがあらわれてきます。この遺伝現象は完全優性ともよばれています(というのも、共優性、不完全優性という遺伝形式があるためです。後ほど共優性については少し説明したいと思います)。
一方、劣性の形質である長毛の場合は、両親それぞれから長毛遺伝子タイプの対立遺伝子を受け継がないかぎり長毛にはなることはありません。
このように、同じ遺伝子でもDNAの突然変異により生じた別の遺伝子タイプ(対立遺伝子)との間に「あらわれやすさ、もしくは、あらわれにくさ」という関係性が生ずる遺伝現象が「優性の法則」になります。
実はこの優性の法則さえ知っていれば、犬の毛に関するかなりのことが分かります。たとえばチワワのブラック&タンとチョコ&タンの毛色はブラック&タンが優性の形質でチョコ&タンは劣性の形質です。ブラックとチョコはまた別のひとつの遺伝子の対立形質になります。黒い差し毛の入るレッドやフォーンは、ブラック&タンやチョコ&タンに対して優性の形質、といった感じになっています。
人の血液型でたとえれば、さらに理解が進むかもしれません。血液型の対立形質はABOとなりますが、それぞれのAとBはOに対して優性の形質です。ですので、AA、AOという組み合わせならA型、BB、BOという組み合わせならB型になります。OはAとBに対して劣性の形質なので、OOという組み合わせにならない限りO型にはなりません。
ここで問題なのがAB型です。実はAとBという対立形質の間には優性・劣性の関係性がありません。両方を合わせ持った場合には、両方の形質が出てきます。このような遺伝形式を共優性といいます。
ここで最後にもう一つだけ覚えておいてほしいのは、優性の形質、劣性の形質とは言いますが、それはその形質が遺伝的にあらわれやすいかどうか、という点だけに着目しているものであり、決して形質の良し悪しをいうものではありません。そのような誤解を招きかねないことから、ゆくゆくは、優性=顕性(けんせい)、劣性=潜性(せんせい)と言い換えていこうという動きがでています。
分離の法則とは
この法則は繁殖をする上では欠かせない知識になるでしょう。逆をいえば、普段犬と暮らしていく上ではあまり関わることのないものです。
優性の法則のところでおはなししましたが、一つの個体は両親それぞれから染色体セットを受け継いでいます。つまり各染色体が2つずつある状態です。どの細胞の核にもこれらの染色体セットが存在しているのですが、ひとつだけ例外があります。生殖細胞の精子と卵子です。精子と卵子はそのほかの細胞(体細胞といいます)と異なり、生殖細胞を作り出すときに減数分裂といわれる特殊な細胞分裂をします。減数分裂をすることで、本来ならば一つの細胞に2セットある染色体が半分になるため、生殖細胞に限っては染色体セットをひとつしか持ちません。
そのような分裂方法をとることで、精子と卵子が受精したときに染色体セットを2セット持つ個体として新たな生命が誕生し、その個体が生殖細胞をつくるときには減数分裂をして染色体セットを1セットにして・・・ということを繰り返し、世代を経ても染色体の本数が変わらないような仕組みになっています。
分離の法則とは、両親から受け継いだ同じ遺伝子どうしは、減数分裂をすることでそれぞれが別々の生殖細胞の中へと入っていくという仕組みです。毛の長短で考えると、短毛タイプ&長毛タイプという対立遺伝子の組み合わせを持つ短毛のチワワが生殖細胞をつくるときには、半分の割合で、短毛タイプを持つ生殖細胞と長毛タイプを持つ生殖細胞をつくりだすことになります。
独立の法則とは
この法則はこれまでにおはなしした、優性の法則と分離の法則がベースとなっているものです。チワワという犬が持つ形質は、何も毛の長短に限ったものではありませんよね。先ほど少し触れましたが、もれなく毛色も遺伝します。毛の長短を決める遺伝子もあれば、ブラック&タンとチョコ&タンのブラックかチョコのどちらかになるかを決めるのもまた別のひとつの遺伝子の働きによります。
このように、それぞれの遺伝子が関わる形質は、中間くらいの毛の長さになるとか、ブラックとチョコが絵の具のように混ざりあったりすることなく、それぞれが独立した形質として子へと伝えられていきます。それが独立の法則です。この法則も日常生活にはあまり関わりのないものになりますが、犬種の持つさまざまな特性を知っておかなくてはならないブリーダーには必ず必要とされる知識です。
さて、メンデルの法則はいかがでしたでしょうか。これらのことを覚えておけば、犬の毛についてはもちろん、遺伝する別の形質や遺伝する病気についての理解を深めていきやすくなるはずです。
★トップには、チワワのゆず(ロングコート)&小次郎(スムースコート)に登場いただきました🎉ゆず家、ありがとう❣️ @yuzu_chihuahua – twitter