家の中に潜む犬たちの敵といえば、掃除機。
お風呂も敵かもしれませんが、幸いなことにお風呂自体は追いかけてきません。ニャンコが苦手な子も少なくはありませんが、公園で威嚇されたとしても家の中まで追ってくることはありません。それらを勘案すれば、掃除機こそが犬たちの最大の敵といっても差し支えないような気がします。ルンバのようなロボット掃除機を乗りこなす強いワンコも目撃されていますが、”バキューム・クリーナー”と呼ばれる掃除機に戦って勝利した子の話は聞いたことがありません。
ワンコ家族が苦手と感じているとわかっても、家を清潔に保つため、掃除機をかけることを疎かにすることはできません。そもそも、こんなに毛を飛ばしているのは君だよ!と言いたいニンゲン家族の気持ちもわかります。犬たちの大騒ぎに耐えなければならないのかと少し憂鬱な気持ちになりながら(そして少し面白りながら?)、ニンゲンたちは掃除機を取り出すのです。
掃除機に対するアンビバレントな思い
掃除機を前にした多くの犬たちは、非常に似通った反応を示すようです。吠えたり、ぐるぐる走り回ったり、逃げたり、ビクビクしたり。いずれも「嫌い、嫌だ、苦手」と感じていることがわかる反応です。しかし、よく観察してみると一言では表現しきれない複雑な思いがあるようにも見えます。たとえばうちの犬ですが、掃除機を恐れている一方で、少し興味をもっている節があります。ソファに飛び乗って距離を取って眺めているけれど、掃除機の前後の動きを止めるとタタタッと駆け寄ってチラ見します。表情がこわばっているように見えますが、急接近しない限り尻尾は下げずにウロウロしているとこを見ると「なんか嫌なかんじ。でも気になる」という気持ちなのかなと推察しています。
動画のワンコさんも、掃除機に対して複雑な思いを抱いているようです。ロンドン博士(Karen B. London, PhDは、「明らかに掃除機に興味を持っており、交流の方法を模索している。犬はリラックスして遊びたがっているときもあれば、不安で神経質な様子を見せることもある。プレイバウをしているときでさえ、舌を素早く動かし口唇を後ろに引くという”楽しんではいない”表情を見せている」と分析しています[3]。
犬たちの複雑なキモチを読み解く
近寄っていくから楽しんでいる、プレイバウをしているから遊びたがっている、吠えるから攻撃的、尻尾が上がっているから強気なんだ。そんな風に単純に考えていましたが、どうやら犬たちのキモチにも複雑なものがあるようです。犬たちは”そのときの気分を表すように、耳や尾の位置、身体全体の姿勢、顔の表情からなるコミュニケーション信号が連続的にかたち作られていく[1]”のだといいます。であれば、いくつかの視覚的コミュニケーション行動を総合的に分析することで、犬のキモチに少し近づけそうですよね。耳や尾の位置を観察することは慣れてきたから、表情(筋肉の動き)を見てみよう、身体全体の姿勢に注意を向けよう、など意識的に追加していくと一歩前進できそうです。
上に示したのは、ローレンツ博士が描いた犬たちの表情の図です(訳はthe WOOF)。特徴的なのが耳の位置と口唇の動きですね。普通の状態を記憶しておいて、「この時にはこんな表情をする」という事例を少しずつ加えていくのが愛犬の表情パターンの蓄積に繋がりそうです。顔に被毛が多い犬は、少し表情を読むのが難しいかもしれませんが、多くの時間を共に暮らす飼い主さんならそのうち慣れてくると思います。
掃除機をかけるとき、いつもよりちょっとだけ注意深くなって、愛犬のボディランゲージを観察してみてくださいね。犬たちの複雑な想いに迫ることができるかもしれませんよ。
◼︎以下の資料を参考に執筆しました。
[1] 森裕司, 竹内ゆかり, & 内田佳子. (2012). 『動物行動学』. 株式会社インターズー.
[2] 英国の動物行動学者であるマイケル・フォックス博士(Michael W. Fox)の論文や著書に詳しい。
[3] Dogs and Vacuum Cleaners | The Bark
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