皆さんこんにちは。東京の読書犬、パグのぐりです。お元気ですか?僕は、苦手なあつーい夏に突入したので、ちょっとぐったりしながら元気に過ごしています。皆さんも水分補給、忘れないでくださいね!
妻は犬を飼い、夫は家を出る
さて今日ご紹介するのは、ある夫婦と犬の物語です。タイトルは『私と、妻と、妻の犬』(杉山隆男著 新潮社 2015年)。登場する犬は2匹のラブラドール・レトリーバーです。
主人公は大学の先生をしている40代(物語が進むと50代に突入します)の男性。カルチャースクールでも講座を受け持っていて、そこである受講生と特別な関係になります。それがきっかけで彼は家を出て、妻と別居するのです。
彼が家を出る前に、妻は犬を飼い始めました。名前は「なな」。好奇心旺盛で、食欲旺盛で、とにかく元気なラブラドール。毎日散歩をする近所の公園では「女番長」なんていうあだ名前つけられてしまうくらい、猪突猛進型。子どものいないこの夫妻は、まるで自分たちの子どものようにななをかわいがります。だけど、彼は妻とななを置いて、家を出ました。
別れと出会い
8年間、別居生活は続きます。のっぴきならない理由から、この別居生活は終止符が打たれ、彼は自宅に戻ります。そこにはもうすぐ10歳になろうとしているなながいました。
物語の中では犬の年齢のことが各所に出てきます。皆さんすでにご存じだと思いますが、犬は人よりも早く年を取ります。特に大型犬はそれが顕著。ななも、10歳を超えてからだんだんと動きがゆっくりになり、休んでいる時間も長くなっていきます。そしてある日・・・。
物語中では、時間が順を追って流れるのではなく、実は夫妻が飼った2匹目の犬、メイとの物語の時間軸が中心となって進められていきます。そこへ、主人公の男性の回想が入って、ななとの思い出が読者へ紹介されていきます。メイは、ななと種類は同じでも性格はまったく異なるラブラドール。大きく成長してからこの夫妻のところへやってきました。もともと「こゆき」という名前を付けられて、他の人に飼われていたメイは紆余曲折があって、この夫妻のもとへやってきたのです。子犬の頃から飼っていたななとはまたひと味ちがった悩みや楽しさを夫妻は感じながら、でも確実にメイとの日々を紡ぎ出すのです。
まるでそこに犬がいるかのような
人間も、同じ人間という種類であってもそれぞれに個性があり、別々の人格を持っていますよね。この小説は、犬もまさにそうであることが実にわかりやすく描いています。同じラブラドールであっても、ななとメイの性格はかなり異なります。同じ犬種を飼い続けている飼い主さんであれば「そうそう、そうなんだよね」とつい頷きながら読める内容でしょう。
もう一つの読みどころは、犬との触れ合いの描写がひじょうに細かいということ。たとえば初めてななが主人公の家に来た日、主人公はこんなことを感じました。
しかし、柔らかで、何よりあたたかい。仔犬のお尻を左の手の平にのせ、右手で首のうしろを支えて、私は子犬と向き合った。ふさふさした、イエローというよりクリーム色に近い体毛に覆われた、柔らかな感触の奥からはドクドクと力強い鼓動が伝わってくる。子供のいない私にとって、それはもっとも間近で手の内に感じとれる、いのちだった。(同書p.64)
まるでそこにラブラドールの仔犬が見えるようですよね。こうした描写が所々に出てくるのも読みどころの一つです。
またこの小説の中では、いろんな「関係」が重層的に語られています。大人と子ども、男と女、夫と妻、仕事の同僚、そして、人と犬。人はときにひじょうに自分勝手であり、他の人を傷つけてでも自分の選んだ道を進む場合があるけれど、犬はそうはいきません。飼い主の事情に翻弄され、意にそぐわない犬生を送らざるを得ない子だっているのです。そうなった犬たちがどんな気持ちになるのかも、この小説はメイを通じてよく表現してくれていると思いました。
人間関係を主軸に読めば、また違った書評になると思うのですが、僕は犬だから、犬の視点でこの本を読みました。そうするとこういう感想になりましたよ。皆さんもいろんな視点で読んでみると、面白い本だと思います。
Featured image by Christine Majul via Flickr