犬の謎行動の一つに、”空中の何かを見つめて、突然その何かをパクリとする”というものがあります。飛んでいるハエを食べようとしているように見えることから”Fly-biting”などと呼ばれています。
犬たちは何故、こうした行動をするのでしょうか？
「見えないハエを捕まえる」という謎行動
何もない壁を見つめるとか、虚空をじっと見つめるなどは、犬の”あるある”行動ですが、飛び跳ねて必死に空気を食べ始めたらただ事ではない気がします。
この謎行動は、Fly snapping（ハエパクリ）、 fly biting（ハエ噛み）, air biting（空気噛み）, or jaw snapping（あご鳴らし）など様々に呼ばれますが、ここではフライ・バイティングという表記に統一します。
さて、このフライ・バイティングですが、行動医学の観点からは幻覚、自発歩行（locomotory）、強迫性障害に分類されます。他に、中枢神経系の障害や、神経障害性疼痛と診断されることもあります。原因は目の問題から癇癪、脳の部分発作など様々に考えられていますが、現在のところ決定的なものはありません。このため、原因不明で発症する疾患を意味する特発性疾患と言われます。
2012年、この疾患の原因に新たな可能性が見出されました。モントリオールの研究者らが7匹の犬を評価し、フライ・バイティングに胃腸疾患が関係している可能性を示したのです[1]。
空気を噛む犬の多くが胃腸疾患だった
研究では、日常的にフライ・バイティングがみられる7匹の犬が評価されました。
前述のとおり、フライ・バイティングの原因は脳の障害や発作、強迫性障害などと考えられています。研究者らは各犬について、物理的および神経学的検査を行い、詳細な行動履歴を収集しました。
実験協力犬は、オス4匹とメス3匹の計7匹（キャバリア・キング・チャールズ・スパニエル、ミニチュア・シュナウザー、ボストンテリア、バーニーズ・マウンテン・ドッグ、ミックス）。年齢は2歳〜10歳で、発症年齢は6ヶ月〜10歳までと幅がありました。また,症状が起こるのは1日1回という犬もいれば、1時間ごとという犬もいました。
調査の結果、協力犬7匹の全てに胃腸疾患が確認されました。疾患には胃内容排泄遅延（delayed gastric emptying：DGE）、胃拡張、胃食道逆流症（gastro-esophageal reflux disease：GERD）、胃の弛緩や膨張があり、5匹の犬については胃腸疾患の治療後にフライ・バイティング行動もなくなりました。
小児の胃食道逆流症に似ている
この結果を受けて研究者は、フライ・バイティングが医学的な問題によって引き起こされること、そして胃腸疾患がもっとも一般的な原因である可能性があると述べています。フライ・バイティング行動が、食事の後に見られることや、パクリとする行動の前に頭部の持ち上げや首伸ばしが見られたことも、この見解を支持するというのです。
頭部を持ち上げたり、首を伸ばすという行動は、胃食道逆流症を患った小児にみられる発作運動障害（Sandifer症候群）と類似している可能性があるとのこと。Sandifer症候群は食事によって鎮静することが多く胃内容排泄遅延などの症状もSandifer症候群に見られるような異常な姿勢をもたらす可能性があるのだといいます。
Sandifer症候群にみられる変わった動きは、胃の逆流を減らしたり、酸逆流によって起こる腹痛を軽減するために行われると見られており、小児の学習行動と考えられています。犬たちも、胃腸疾患の症状を楽にするために、”空気を食べる”という行動をしている可能性があるというのです。
本研究、そしてこれに続く研究もサンプル数が少ないため、胃腸疾患を原因だと断言することは難しそうです。しかし、謎行動がみられたら、胃腸を含む身体の検査をしてみるというのは良い選択かもしれません。強迫性障害は心の問題が原因と言われますが、そうと決めつけず、考えられる可能性を潰していくのは問題解決の良い方法です。
◼︎以下の資料を参考に執筆しました。
[1] Frank, D., Bélanger, M. C., Bécuwe-Bonnet, V., & Parent, J. (2012). Prospective medical evaluation of 7 dogs presented with fly biting. The Canadian Veterinary Journal, 53(12), 1279.
[2] Dogs Biting at Air Experiencing Seizures, Unless it is a Digestive Issue | Air Biting in Dogs | Fly Biting in Dogs | petMD
Featured image creditKristina Stasiuliene/ shutterstock
