UT Southwestern Medical Centerの研究チームが、筋ジストロフィーを患う4匹のイヌの犬肉細胞を編集し、タンパク質レベルを上昇させることに成功しました。
Scienceに掲載された本研究は予備的な段階にあり、症状の持続的な改善につながるかどうかはわかりません。しかし、本研究の肯定的な結果は、イヌだけでなくヒトにおいても、筋ジストロフィーという難病についての予防や治療の可能性があることを示唆しています。
Scienceに掲載された研究は、デュシェンヌ型筋ジストロフィー(DMD)の治療に遺伝子編集技術(CRISPR)が筋機能の回復に効果がある可能性を示唆しています。
DMDは、筋ジストロフィーのうちでもっとも多くみられるもっとも重症なタイプで、幼児期から始まり筋力低下を特徴とする疾患です。MSDマニュアルによれば、発生は男児がほとんどで、平均して男児の4700人に1人にみられます。
DMDは遺伝子の異常により発生すると考えられており、筋肉細胞の構造を維持するために必要なジストロフィンというタンパク質がほぼ全くないことにより発症します。ジストロフィン遺伝子はX染色体に存在するため、2つのX染色体を有する女児は一方の異常をもう片方が補うことができるため発症することはありません。
症状は4歳ごろに現れ、時間の経過と共に悪化するのみです。10代を車椅子で過ごすことになり、呼吸筋の筋力低下が進み肺炎などの病気にかかりやすくなり、多くの患者が心不全や呼吸困難になり20歳までに死亡します。
筋ジストロフィーに関与する遺伝子修正は、マウスおよび抽出したヒトの筋肉細胞において行われてきましたが、より大きな哺乳動物では試行されたことがありませんでした。今回、イヌでの試行で肯定的な結果を得られたことは、治療法の実現に一歩前進したことを示すと受け取られています。
U.T. Southwestern Medical Centerの研究者らは、1ヶ月齢のビーグルの子犬4匹にCRISPR-Cas9技術をほどこしました。CRISPR-Cas9とは、「酵素とガイド役の遺伝物質の組み合わせ[2]」であり、「DNA二本鎖を切断してゲノム配列の任意の場所を削除、置換、挿入することができる新しい遺伝子改変技術[3]」 のこと。私たちがPCなどで文章の編集をするかのように、DNAを編集する技術とイメージすると良さそうです。身体の中に送り込まれたCRISPR-Cas9は、編集ターゲット(ここでは異常な遺伝子)を見つけ出し、修復するというのです。
研究者はこの技術を、ビーグル2匹に対しては直接筋肉に影響を与えるように行い、他の2匹には血流に注入することで行いました。血液に注入する目的は、心臓や横隔膜などの身体の多くの部位に行きわたらせることにありました。
8週間後、筋肉のジストロフィンレベルを測定した結果、血液に注入されたイヌにおいては、四肢および心臓、呼吸器系の筋肉を含む様々な場所でジストロフィンが産出されていることがわかりました。筋肉に注入された2匹では、ジストロフィン産出レベルは高かったものの、影響は注入した筋肉にとどまりました。
本研究は、研究期間が短く、対象が4匹と非常に少ないものであること、またイヌが筋肉機能を回復したことを証明するものではないことから、結果に飛びつくのは時期尚早とする向きが多くあるようです(投資促進のために結果発表を急いだとする見方もある)。
ただし、さらに研究がすすみ、効果と安全性や持続性が証明されれば、CRISPRはDMDの治療につながる可能性があります。研究者は「ケアのではなく、DMDの完治を目指したい」とコメントしています。
◼︎以下の資料を参考に執筆しました。
[1] Gene editing of dogs offers hope for treating human muscular dystrophy | Science | AAAS
[2] 基礎からわかるゲノム編集技術「CRISPR」──争点は技術的問題から倫理的問題へ|WIRED.jp
[3] 特集:CRISPR-Cas9 とは | DNA二本鎖を切断してゲノム配列の任意の場所を削除、置換、挿入することができる新しい遺伝子改変技術 | コスモ・バイオ株式会社