皆さんこんにちは。読書犬、パグのぐりです。本、読んでいますか?
この夏は、びっくりするくらい暑いので、僕の飼い主さんは冷房のきいた図書館で思う存分本を選んだり、家で扇風機にあたりながら本を読むなんていう日々を送っていますヨ。
さて、そんな中、僕も面白い小説に出合ったので、今日はその本を紹介しますね。
昭和へタイムスリップ
タイトルはズバリ『昭和の犬』(姫野カオルコ著 幻冬舎2013年)。柏木イクという、昭和33年生まれの女性が主人公です。彼女が5才の時から物語は始まり、周りの風景と人間模様を、その時々に傍らにいた犬(ときには猫)とともに描き出しています。
何か大きな出来事が起こったり、ナゾが出現したり、という仕掛けはあまりないのですが、たんたんと進む話の中に出てくる光景が、まるで目に浮かんでくるようで、1度読み終わってもつい、もう一度ページをめくりたくなる作品です。
実家で犬を飼い、東京で犬のいる貸間に住む
主人公のイクは滋賀県に生まれ、大学進学まで県内で育ちます。乳幼児期はほうぼうに預けられたりもしていたのですが、5歳の時から実の父母と共に3人で暮らし始めます。最初の家で一緒にいたのは「トン」という名の雑種犬。イクの父親は戦中に大陸(中国)にいたこともあって、中国語で東を意味するトンという名前を付けたのです。そして同じ家には「シャア(西)」という名の猫もいました。ちなみに物語にはペー(北)も出てきます。
名付け方からして面白いですよね。そしてまた、昭和時代のおおらかな犬の飼い方がよくわかります。地方だからというのもあるかもしれませんが、厳密に常に鎖につないでいるわけでもなく、なんとなくゆるやかに飼い主と、そして近所の人ともつながっているような、不思議な関係なのです。
大学進学を機にイクは上京。なぜか激怒した父親によって大学の寮ではなく、紹介された家に間借りして住み始めました。大学卒業後もイクは故郷に帰ることなく東京で就職し暮らし続けるのですが、かなり長期間、さまざまな家の「貸間」に住みます。そしてその家には犬がいることが多いのです。
今では独り暮らしといえば賃貸アパートが一般的ですが、イクが大学生の頃は貸間(家の1部屋を借りる。食事はなし)か下宿(食事つき)がまだまだ多い時代だったのです。僕の飼い主さんは昭和50年生まれだから、何度も「へえ~知らなかった」と言いながら読んでいましたよ。こういう、昭和の暮らし、みたいなものが垣間見られるのもおすすめの理由の一つです。
昭和生まれ、平成生まれ、誰にでも楽しめる
昭和の頃はまだ雑種犬もたくさんいたのでしょう。もちろん物語にも何度も登場します。でも、それ以外の犬種もポチポチ出てくるのです。たとえばドーベルマンやシェットランドシープドッグ、ビションフリーゼなどなど。ほら、この顔ぶれを見ただけでも、ちょっと興味がわくでしょう?
犬が登場する小説では当たり前かもしれないけれど、この作品の中でも人と犬のさまざまなつながり方が描かれています。いろんな場面があるのだけれど、僕が一番好きになったのが次の場面。主人公のイクがもう中年になった頃、幼少期に飼っていたペーという犬との暮らしを回想している時に出てきます。
子どもなりにつらいことに遭い、まぶたにお湯がたまっているような感触がするとき、イクはペーをつれて田んぼのあぜ道に尻をおろした。二人羽織のように、ペーにかぶさり、ペーの右手を右手で、左手を左手で持って、「どーもすみません」と落語家の口真似をして、必要以上にカン高い声を出して頭をかいた。すると、干し草と豆乳を混ぜたような体臭を放つペーは、驚いたように、困ったように、小学生をふりかえり、中央にスジの入った舌を口から出して、イクの下のまぶたが耐えられずに流したお湯のつたう頬を舐めてくれたものだ。(p.290)
なんだか、ジーンとしません? 子どもって、無邪気に楽しく生きているように見えても、実はすごくいろいろなことに遭遇していて、辛さを抱えていることもあるんですよね。犬はそういう人の気持ちも感じ取って、そして寄り添う。それがよくわかる場面だなと思いました。そして、やっぱり小説家ってすごいなと思う。だって「辛い目にあった子が飼い犬と一緒に遊んで気を紛らわせた。泣いてしまった涙を、犬は舐めてくれた」ということを、これだけの描写で表現できるんだもの。ほれぼれします。
物語は、イクが50歳になったころで幕を閉じます。作者の姫野カオルコさんは1958年生まれ。出身は滋賀県。きっとイクが見た風景の多くは、姫野さんも見てきたものなのだと思います。小説家は、見たことがないものも鮮やかに描き出すことができるけれど、実際に見てきたものを織り交ぜながら物語を編んでいくこともあるでしょう。たぶんこの小説は、後者にあたるでしょう。
摩訶不思議な人間(特にイクの両親はぶっ飛んでいます。どうぶっ飛んでいるかは、読んでのお楽しみ!)も何人も出てきて、それも読みごたえがあります。昭和を生きてきた人には「そうそう、懐かしいねえ」と思う場面が、平成のほうが長く生きている人たちには「マジ!? そんなことあったんだ~」と新鮮に感じる場面が、頻出しますよ。
Featured image “Little Big Dog” by Brandon / Flickr