あなたの行動を犬は覚えている〜犬にもエピソード的記憶が存在する(かも)(研究)

サイエンス・リサーチ
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犬の記憶についての新しい論文が、Current Biology誌に発表されました。個人的経験に関する記憶(エピソード記憶)に似たものを犬が持っている可能性を示す内容です。

記憶の話〜エピソード記憶ってなに?

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美味しいの、くれた! image by Scott Barron / Flickr

今回の研究でわかったことをざっくり言うと、「犬のエピソード的記憶が、これまで考えられていたより高いらしい」ということです。さらにざっくりと言うと、「犬はこれまで単純な物事を、報酬をつけて反復しないと記憶できないと考えられていたが、どうやらそうではないらしい」という感じです。まずは「エピソード記憶って何でしょう」と言うところからお話しましょう。

エピソード記憶とは、時間的に限定された出来事や、出来事の間の時間的空間的な関係についての情報を受け取り保存する[2]として定義されているものです。「いつ」「どこで」「何が起きた」という問いに答えられるような記憶のことで、例えば、「昨日、ドッグランに行った」「今朝はスープを飲んだ」といった出来事を意識的に思い出すシステムのことです。

このエピソード記憶は、長期記憶の中に分類されるものです。記憶には様々な観点から分類できますが、保持時間の長さによる分類では、感覚記憶(数百ミリ秒-数秒)、短期記憶(15-30秒以内)、長期記憶(ほぼ永久)の3分類が一般的です。長期記憶はさらに、記述可能か否かにより宣言的記憶(言語的に記述できる)と手続記憶(言語的に記述できない)に分かれ、宣言的記憶はさらにエピソード記憶(個人的経験に関する記憶)と意味記憶(一般的知識)に分類されます。

かつて動物は、エピソード記憶を持たないと言われていました[3]。ただこれはむしろ、言語を持たない動物でこれをもつことを確認することは不可能であると言う方が正しく、実際には動物たちが「過去を振り返り行動している」ということは観察されていました。2000年頃からは様々な手法が開発され、動物がエピソード記憶を持つことを証明しようとする研究が行われおり、現在ではカケスやハチの貯食行動や、ラットやマウスの探索行動などから、動物もエピソード「的」記憶を持つのではないかという認識が広まりつつあるのです。

犬は、時間を遡り出来事を思い出すことができる

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抱っこしてくれた! image by Frank – (Denzel) / Flickr

さて、今回の研究に話を戻します。犬はエピソード的記憶を持っているのでしょうか。研究者たちはそれを、どのようにして証明しようとしたのでしょうか。

研究を行ったのは、ハンガリーにある犬の研究機関(MTA-ELTE Comparative Ethology Research Group)に所属する研究者たち。彼らは犬に「あのときのこと、覚えてる?」と質問するのではなく、特別に開発した訓練技術”Do as I Do(私の真似をしてごらん)”を使って彼らがエピソード的記憶を持っていることを証明しようとしました。

“Do as I Do”は、犬に「人間の行動を観察し、それを真似させる」というもの。例えば、人間がジャンプをして「やってごらん(Do it!)」と言うと犬もジャンプをするというものです。ただし、この訓練だけでは犬が「記憶できる」ことはわかりますが、「エピソード的記憶を持っているかどうか」はわかりません。コマンドに直接的に従う模倣ではなく、記憶を参照して行動できるかどうかを確認しなければならないのです。

そこで研究者たちは、”Do as I Do”を17匹(犬種は様々)に覚えさせた後に、「人間が何か行動をしたのを見たら伏せをする」という訓練を行いました。この2番目の訓練により犬は、人間が何かの行動をしたのを見たら伏せをすれば良いのであり、その行動が何であるのかを覚えている必要はないということになります。

両方の訓練が完璧になったところで、実験の本番です。研究者が行動し、それを見た犬が伏せをしたところで、「やってごらん(Do it!)」と声をかけます。人間が何をしたのか記憶していなければできないハズ…のことを、犬はやってのけました。犬は、必要がなくても(報酬に直結しなくても)、人間の行動を記憶ができることを示したのです。

「やってごらん(Do it!)」の声かけは、人間が行動をしてから1分後と1時間後に行われ、犬には直近の出来事も時間が経ってからの出来事も両方記憶できることも示されました。ただ、私たちと同じように、その記憶は時間の経過とともに薄れていったということです。

犬は、飼い主がしたことを覚えてる


image by Credit: Claudia Fugazza, Ákos Pogány, and Ádám Miklós / Current Biology 2016.

論文ではこの結果について「犬が人間の行動のような複雑なイベントを記憶できることを示した」、「他者の行動についてのエピソード的記憶が、ヒト以外の種に存在することを示す最初のエビデンスである」と述べられています。

論文の筆頭著者であるフガザ氏(Claudia Fugazza)は、「エピソード的記憶は霊長類のみが持ち発達させてきたものではなく、さまざまな動物種が持つものではないかという可能性を示している」として、同アプローチが他の動物種についても適用できる可能性があるこにも触れています。また犬については、「人間社会で共に暮らし進化してきた犬は、複雑な文脈をもつ出来事の記号化を研究する上で、新たな動物モデルになりうる」とも述べています。

同研究について、「興味深い」「賢い(研究)」としながらも、これをもってエピソード的記憶があるとするのは尚早とする研究者もいます。イエール大学のサントス博士(Laurie Santos)は、「犬が、この行動を、「誰がどこで何をした」という出来事として経験しているかはわからない」とし「この研究は極めて優れた第一歩だが、犬の記憶についての新たな問いを提起したにすぎない」と述べています

この研究は訓練方法にも影響を与えるのではないかと指摘する研究者もいます。デューク大学のヘア博士(Brian Hare)は、「ほとんどの人は、犬の学習とは実行と報酬だ、非常に反復が必要なキツイ仕事だと考えている。しかし、(犬がどのように学ぶのかの本当のところが理解できれば)わたしたちが考えてきたよりもっと早く、もっと人道的に訓練することができるのかもしれない


今回の研究は犬たちが、目の前の出来事しか覚えていないとか、報酬がなければ何もしない(できない)といった不名誉な言われようを否定できるものかもしれません。彼らが、今年の夏のキャンプのことや、長い長いお散歩のことを覚えているかはわかりませんが、少なくとも今日のあなたの優しい行動のことは覚えていてくれそうです

ぜひ、可愛い我がコには素晴らしい記憶を残してあげてください。犬たちはしっかり覚えていますよ。

◼︎以下の資料を参考に執筆しました。
[1] Current Biology, Fugazza et al.: “Recall of Others’ Actions after Incidental Encoding Reveals Episodic-like Memory in Dogs”
心理学辞典(1999)中島 義明 (編集), 子安 増生 (編集), 繁桝 算男 (編集), 有斐閣
[3] 佐藤暢哉. (2010). ヒト以外の動物のエピソード的 (episodic-like) 記憶―WWW 記憶と心的時間旅行―. 動物心理学研究, 60(2), 105-117.
[4] Can your dog remember what you did? – CSMonitor.com

Featured image credit Sasha the Okay Photographer / Flickr

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おすわり、お手、伏せ。 わたしたちが出すコマンドを覚えて、実行できるワンコさん。 イヌたちは記憶力を、どの程度有しているのでしょうか。一つのヒントになる研究が、2014年12月に発表されました[1] 。どうやらイヌの記憶力は、わたしたちが考えているよりずっと短いようなのです。

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