なぜ犬はフレンドリーなのか?〜イヌの遺伝子には親しみやすさの理由が隠されている
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犬種の差こそありますが、大概のイヌは人間に親しさをもって接してくれます。身体をすり寄せたり、顔を舐めたりのフレンドリーさを見ると、先祖がオオカミだということが信じられなくなってきます。
何がオオカミを”ワンコ”に変えたのでしょうか。最近発表された研究によれば、ほんのわずかな遺伝子変異がその変化をもたらした可能性があるそうです。
ウィリアムズ症候群に関連する遺伝子変異
研究を行ったのは、プリンストン大学の生物学者Bridgett vonHoldt氏らが率いる研究チーム。彼女は犬の遺伝子構造を研究することにキャリアの多くを費やしてきました。2010年には、家畜の犬とオオカミとを分かつ4万8千超の遺伝子を調査し、犬とオオカミが異なる理由の手がかりを見つけています[2]。この中で彼女の興味を引いたのが、WBSCR17という遺伝子の変異でした。WBSCR17はウィリアムズ症候群(またはウィリアムズ・ボイレン症候群、WS)に関連する遺伝子で、犬についてもこの領域に特徴があったというのです。
ウィリアムズ症候群とは発達の遅延、独特の顔つき、心臓疾患などの症状がある稀な遺伝子疾患です。原因は、7番染色体上の遺伝子欠失だとすでに同定されており、[3]。男女や地域の区別はなく1万人に一人に発生すると推定されています。ウィリアムズ症候群の子供は、社会的、友好的で愛想が良くなる傾向にあるという報告もあります。
vonHoldt氏らは、犬におけるWBSCR17の遺伝子変異が社会性に変化を与えたか、そしてそれが犬の家畜化に影響を与えたのかに興味を持ったそうです。チームは今回、WBSCR17周辺の地域を詳しく調査する目的で、犬とオオカミの親しみやすさに関するのテストを行いました。
3つの遺伝子変異が犬の愛想の良さを生んでいる!?
研究に参加したのは、家庭犬(純血種、数匹のミックス)18匹と、人間に育てられたオオカミ10匹。犬とオオカミとを比較して、見知らぬ人間と過ごす時間の長さや、箱型のパズルを解くためにどういう解決策を取るかなどが確認されました。結果、オオカミは人間と過ごす時間が短く、犬は人間を見つめたりやり取りをすることに時間をかけました。また、パズルを解くテストに関しては、どちらも努力量は変わりませんでしたが、犬の方が人間を見る傾向が強かったということです(ただし、個体による違いはあった)。
この後、16匹の犬と8匹のオオカミについてDNA分析を行ったところ、行動の違いが3つの遺伝子変異と相関していることが判明しました。一つがWBSCR17であり、残り2つはGTF2IとGTF2IRD1でした。vonHoldt氏によれば、個体の気質は数百あるいは数千の遺伝子によって形成されているものですが、これら3つの遺伝子は社会行動をコントロールする上で驚くほど重大な役割を果たしている可能性があるのだといいます[4]。「これらの構造変異は、行動特性の大きな変化を説明できるものです。すなわち、オオカミのような孤高の動物から、人間に執着するような生き物への変化(を説明できるもの)なのです」
GTF2IとGTF2IRD1もまた、社会的行動に関連しているとされる遺伝子です。2009年、スタンフォード大学の研究者らは、これらの2つの遺伝子に欠失があるとマウスが社会化しにくいことを発見しました。
ウィリアムズ症候群の研究者でもあるアラスカ大学のKrebs氏は、犬とウィリアムズ症候群との関連は、当事者にとっても真実味があるのではないかと語っています。自らがウィリアムズ症候群の息子の親であるKrebs氏は、彼らが実際にどれほどフレンドリーかを知っています。「もし彼らに尻尾があれば、振り回すくらい」と彼女は言います[4]。
変異した遺伝子を持つオオカミが人間に近づいた?
vonHoldt氏は、研究は家畜化のプロセスを説明しようとするものではなく、どのように犬たちが進化したのかを生物学的に説明しようとしたのだと強調しています。その上で、突然変異をしたオオカミこそが、人間に近づき絆を結んだ最初の生き物だったのではないかと推測をしています。”フレンドリー”という気質は、オオカミを人間に(あるいは人間のだす食べ物ゴミに)近づくことを後押しする重要なものだったのかもしれないというのです。
デューク大学のHare氏は、「この研究は、人間が意図的にイヌを創り出したのではなく、人間にとって親しみやすいオオカミが進化的に優位にあったことを示唆する」と述べています。コーネル大学のBoyco氏は、「この研究はオオカミを犬に変えるために重要な特定の遺伝子変異体を同定する最初の研究の一つになるだろう」としつつ、今回の研究はサンプル数が小さいため、強い結論にはならないことに注意すべきとも述べています。
vonHoldt氏らは既に、次のステップに取り組んでいるそうです。これらの遺伝子変異がどのようにして犬の行動に影響するかを調べるというものです。遺伝子変異ということであれば、猫ならばどうなのでしょうか?国立衛生研究所で猫の飼育を研究しているDriscoll氏は、3つの遺伝子変異が他の動物にも重要な役割を果たしている可能性があると述べています[4]。
とにかく誰にでも愛想がよく、みんなとの交流を望むタイプの犬というのは、遺伝子から違うのかもしれません。逆に、孤高の犬も生まれつきという可能性があるわけで、あなたの教育の失敗というわけでもないのかもしれないのです。
◼︎以下の資料を参考に執筆しました。
[1] Structural variants in genes associated with human Williams-Beuren syndrome underlie stereotypical hypersociability in domestic dogs Bridgett M. vonHoldt, Emily Shuldiner, Ilana Janowitz Koch, Rebecca Y. Kartzinel, Andrew Hogan, Lauren Brubaker, Shelby Wanser, Daniel Stahle, Clive D. L. Wynne, Elaine A. Ostrander, Janet S. Sinsheimer, Monique A. R. Udell Science Advances 19 Jul 2017: Vol. 3, no. 7,
[2] Pollinger, J. P., Lohmueller, K. E., Han, E., Parker, H. G., Quignon, P., Degenhardt, J. D., … & Bryc, K. (2010). Genome-wide SNP and haplotype analyses reveal a rich history underlying dog domestication. Nature, 464(7290), 898.
[3] ウィリアムズ症候群 – Wikipedia
[4] Rare Human Syndrome May Explain Why Dogs are So Friendly | Inside Science
[5] What Makes Fido So Friendly? It Could Be Genetic | Smart News | Smithsonian
Featured image credit Angelina Litvin / Flickr
イヌの愛想は遺伝で決まる!?〜触れ合い行動に関連する遺伝子が同定される(研究) | the WOOF イヌメディア
犬は人間と社会的なつながりを持つことで知られていますが、これに関連する複数の遺伝的基盤が同定されたとする論文が発表されました。ビーグル犬を対象に全ゲノム解析を行った結果、ヒトに向けた社会的行動に関連する可能性のある5つの遺伝子候補が同定されたのです。