犬の毛質は様々ですが、中には背中の毛が逆向きに生えるという珍しい犬もいます。ローデシアン・リッジバック、タイ・リッジバック・ドッグ、プー・クォック・リッジバック・ドッグの3犬種の背中には、この逆向きに生える毛がみられます。
リッジ(ridge)とは「盛り上がった場所」のこと。山の尾根のように隆起しているので、その名で呼ばれるようになったそうです。
こんなことについて書いてあるよ!
背中の毛が逆向きに生える”リッジ“とは
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動物は相手を威嚇するときなどに、全身の毛や羽を広げて自分を大きく見せることがあります。身近なところでは猫が「フーッ!」と相手を威嚇して毛を逆立てて怒るイメージがよく知られていますよね。猫ばかりでなく毛を逆立てる行為は犬でも見られ、主に攻撃心や恐怖心を抱いたときに首から尻尾にかけての毛をぶわっと逆立てることがあります。
そのような逆立つ毛とは違い、生まれながらにして背中の毛が背骨に沿って逆向きに生えている犬種がいます。通常は首からお尻の方に向かって生えている毛並みが、背骨に沿った部分だけが帯状に、お尻から首の方へ向かって生えているのです。逆向きの毛並み部分は畑の畝や山の尾根のように隆起して見えることから、“リッジ(ridge)”と呼ばれています。
そんなリッジを背中に持つ犬、リッジバック・ドッグの代表格といえば、アフリカ南部原産のローデシアン・リッジバックでしょう。ほかにはタイ・リッジバック・ドッグ、ベトナムのプー・クォック・リッジバック・ドッグがリッジを持つ犬として現存しています。背中にリッジを持つという特徴は共通していますが、ローデシアン・リッジバックとこれらの東南アジアのリッジバック・ドッグたちはDNA解析から直接的な血のつながりはないことが明らかにされています。
遺伝子の突然変異により生じる形質”リッジ”
ローデシアン・リッジバック、タイ・リッジバック・ドッグ共にリッジは優性に遺伝する形質であることが知られていました。そのため、少なくとも両親いずれか一方からリッジとなる遺伝要因を受け継げば、子もリッジを持つことになります。
優性に遺伝する形質は、劣性に遺伝する形質と比べたときに、確率的にその形質が子にあらわれてきやすいものと考えてください。仮に劣性の形質ならば、両親から遺伝要因を受け継ぐ必要がありますが、リッジは一方の遺伝要因でその形質をもつことになるため優性なのです。これに対して、リッジがない(リッジレス)状態が劣性の形質として存在することがわかっています。
そもそもリッジバック・ドッグは、皮膚疾患dermoid sinus(日本獣医皮膚科学会で使用されている類皮腫洞として以下記していきます)を発症しやすい傾向にありました。研究者らはこの関係を明らかにするために、リッジの代表格であるローデシアン・リッジバックのDNAを解析し、DNAに重複があることを突き止めました。
DNAが重複しているということは、そこに含まれる遺伝子の数そのものが増えることを意味します。遺伝子が増えれば単純に、その遺伝子が作り出すタンパク質の量も比例して増えると考えられます。重複領域には毛胞形成など毛や皮膚の発生に不可欠な遺伝子(FGF遺伝子)が3種類含まれており、予想どおりタンパク質量が増えすぎてしまうという状態にありました。そのために正常な発生が妨げられてしまい、背中の毛が逆向きに生えると同時に類皮腫洞を発症するリスクが高まっていることが示されたのです。
リッジに多い類皮腫洞という先天性の病気
類皮腫洞という病気は犬で使われている病名で、人でいうところの『neural tube defect(神経管欠損、神経管形成異常、神経管閉鎖障害など)』という疾患と症状が似ているものです。体を作り上げていく胚発生の初期の過程で、神経管(将来脳や脊髄となる神経系の元)がうまく分化して発達することができず、背骨に沿ってひとつまたは多数のこぶのようなものが出来てしまう先天性の病気です。そのこぶには皮脂線や汗腺などが含まれているため、感染してしまうと背骨が痛くなったり、硬直したり、熱を持ったりしてしまいます。ひどくなれば、生命をも脅かすこともあります。
実はこの病気、リッジレス(リッジの無し)の個体には発症しません。また、リッジのある犬でも、両親からリッジの遺伝因子を受けついた場合と、片親から受けついだ場合とで発症率がまったく違ってきます。類皮腫洞を発症する犬のほとんどは両親からリッジ因子を受け継いでいる場合で、片親だけからリッジ因子を受け継いだ個体はリッジを持ちつつも、類皮腫洞を発症する可能性がとても低いことが分かりました。
リッジはローデシアンの紋章といわれるけれど
ローデシアン・リッジバックのJKCのスタンダード(犬種標準)には、
この犬種の特徴は背中のリッジであり、これは被毛が逆方向に伸びることによって形成される。リッジはこの犬種の紋章である。リッジは明瞭でなくてはならず、左右対称で、尻に向かって先細りになる。肩のちょうど後ろから始まり、寛骨の辺りまで続いていく。リッジは2つのクラウンを有し、同一で正反対に位置する。クラウンの下端はリッジ全体の長さの3分の1以上に伸びてはならない。リッジの平均的な幅は5cmである。
と、リッジについて細かな記載がなされています。そしてこの記載は、リッジレスはスタンダードから外れてしまうことも意味しています。
優性の形質であるリッジは、同じく優性に遺伝するヘアレスと共通している部分があると感じます。チャイニーズ・クレステッド・ドッグなどにおいては被毛があるタイプもスタンダードとして公認されるようにはなっていますが、やはり、ヘアレス・ドッグたるもの、ヘアレス個体が好まれる風潮に変わりはありません。一方で、ヘアレスとなる遺伝因子を両親から受けつぐと、胎生致死となることが分かっています。
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ローデシアン・リッジバックにおいては、リッジレスはスタンダードとして記載されていません。そして、両親からリッジ遺伝因子を受け継ぐとリッジを持つものの、類皮腫洞の発症リスクがとても高まり、ひどくなれば時に命を奪うことにもなるのです。
リッジにせよヘアレスにせよ、それぞれ犬種として存続させていくためにはリッジレスやヘアあり個体の存在が不可欠となります。そのような犬種であるからこそ、リッジやヘアレスの犬の健康を維持しつつも病気を抱えた犬や胎生致死となる犬が増えないよう、しっかりとした知見に基づき繁殖を行っていくことがとても重要であると考えています。
ローデシアン・リッジバックも東南アジアのリッジバック・ドッグたちも日本では珍しく、なかなかお目にかかることはないかもしれません。けれども、犬種界では極めて珍しい毛並み、リッジをつくりだす遺伝的背景には病気やスタンダードとのジレンマも潜んでいることを知っておいていただければと思います。
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