素晴らしき哉、犬の鼻!〜犬の嗅覚はなぜ優れているのか

犬のカラダ
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犬の嗅覚は、私たちのものとは大きく異なります。私たちと同じように美味そうな匂いにも反応しますが、私たちが忌み嫌う匂いでも構わず鼻を近づけます。空気中や水中にある希釈された匂いも検出できますし、それが地下であっても嗅ぎとることができます。

犬の鼻はどのように優れ、どのように私たちの鼻とは異なっているのでしょう。

犬の嗅覚は人間より優れている

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image by Seregraff / Shutterstock

犬の嗅覚は間違いなく人間のそれと比べて優れていますが、どれだけ優れているかを定量化することはほぼ不可能です。「優れている」を定義するための変数が非常に多くあることや、犬種による違いがあるために、犬という大きなくくりに対する数値を出すのは非常に困難なのです。

10倍から10万倍まで様々な数字が上がっていますが、科学者らの見解をまとめると1万倍から10万倍の範囲であろうと推測されます。

それでは、なにがどう違えば犬の嗅覚は人間より10万倍すごいとなるのでしょう?実は、いろいろな要素が絡み合って、この違いが生まれているのです。

嗅覚とは、匂いの感覚のこと。匂い、すなわち「小さな、低分子量の有機分子」が、嗅覚器の感覚細胞を化学的に刺激することで生じる感覚です。鼻に入った匂い分子は鼻腔の奥にある嗅上皮に辿りつき、嗅細胞と呼ばれる感覚細胞の先端にある匂い分子受容体にキャッチされます。その情報は嗅細胞の電気信号として脳の嗅球に伝わり、大脳の旧皮質に伝達されます。

つまり、嗅覚がどれだけ敏感であるかは、どれだけ匂いを取り込めるか、どれだけ上手に保持できるか、どれだけ敏感に伝えられ細かく認識・分析・分類できるかなどなどなどが関わります。遺伝や他の感覚への信頼度と言った心理的なことも関連しているかもしれません。もし私たちがこれほどまでに視覚に頼っていなければ、もっともっと嗅覚が発達していたかもしれませんよね。

「10万倍優れている」は何がどうすごいのか?

「犬の嗅覚は人間のそれと比べ、10万倍優れている」と言われても、ピンとこない人がほとんどではないでしょうか。しかも、この「10万倍」という数字が何を指しているのかは、ちょっとぼんやりしていますよね。「10万倍優れている」という表現では、10万倍キツく感じるのか、10万倍遠くの匂いが嗅げるのかわかりませんよね。

「人間と比べて10万倍優れている」というのは、匂いが10万分の1に希釈されたとしても嗅ぎとることができるという意味です。希釈とは薄まることで、水中や空気中にある匂いの元が少しであっても、距離や土の中により希釈されても、犬は嗅ぎとることができるのです。

スタンリー・コレン博士の著書『犬と人の生物学』にある、汗の成分である酪酸のニオイに対する人と犬との感度を以下のように比較しています。

人間は、酪酸の匂いには比較的敏感で、500万分の一グラムが一立方メートルの空気中に蒸発した程度の、かなり低い濃度でもその匂いを感知できる。(略)これと同じ量の酪酸を1000立方メートル弱の水にとかしても、犬はそれを感知できる(略)。

1グラムの酪酸なら、10階建のビルほどの容量の空気中に蒸発させても人間の鼻にはそれがかろうじて感じられる。同じく一グラムの酪酸を広さ350平方キロメートル、高さ90メートルの空間に分散させても、犬にはまだその匂いがわかる。これは、フィラデルフィア市をすっぽり包む広さである!

コロンビア大学バーナード・カレッジのアレクサンドラ・ホロウィッツ博士は、嗅覚を味覚になぞらえて「2つのオリンピックサイズのプールに入れた小さじ1杯の砂糖の味も感知できる(そのくらい犬の嗅覚はすぐれている)」と表現しています。

犬の匂い分析機能は人間の数倍優れている

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image by Cameron Cross / Shutterstock

犬と人間の嗅覚の違いには、遺伝もかかわっているようです。ホロウィッツ博士は著書の中で「人間には嗅覚細胞をコードする遺伝子が半分しかなく、そのうえ機能しない細胞の方が多い」と記述しています。また鼻腔内にある嗅覚受容体の数は、ヒトの約600万に対し犬では約2億2500万から3億ほど[1]で、受容体の種類も犬の半分しかないと言われます。さらには、ニオイの分析に充てられる脳の部分は、ヒトの同等部分より約40倍大きいことがわかっています。

つまり私たちは匂いを吸い込んだとしても、それを検知する領域が狭いため、犬たちのように分析したり反応することはないのです。さらには鼻の形状や解剖学的違いがあるため、私たちは犬ほどには上手に匂いを取り込むことも保持することもできないのだそうです。

犬の鼻は匂いと呼吸を別ものとして扱う

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人間も犬も、呼吸や匂いを嗅ぐ基本的な仕組みは同じです。しかし人間は匂いと呼吸を区別しません。匂いを感じる領域は鼻腔内の空気が通る道筋にあるため、空気を吸い込んだとき匂いを取り込みますが、吐き出すときには匂いも一緒に外に出します。つまり、匂いを保持するのは吸って吐く間のほんの数秒だけなのです。

一方で犬は、匂いと呼吸を別に扱います。犬は鼻腔内に組織のひだを有しており、これにより空気は嗅覚用と呼吸ように分離されます。犬では、吸い込まれた空気の約12パーセントが鼻の奥の嗅覚専用の領域(オルファクトリーリセス:嗅陥凹)に入り、残りの空気はそこを通り過ぎて咽頭を通り肺にはいります。

嗅覚専用の領域では、匂いを帯びた空気は鼻甲介と呼ばれる渦巻き状の構造内でろ過され、匂い分子は化学的性質にもとづきふるいにかけられます。そして匂い分子は形状によって「認識」され、電気信号として脳に送られます。匂いを分子レベルで理解しているって、すごくないですか?

連続して嗅ぎやすい鼻の仕組みである

たくさん嗅ぐことができるか否かの勝負においても、私たちは犬には全くかないません。
私たち人間は、息を吸い込んだ方法と逆ルートで、直線的に息を吐き出します。しかし犬は吸い込んだ息を鼻の側面のスリット(切れ目のところ)から吐き出し、空気を旋回させます。この”旋回”は次に新しい匂いを吸い込むのに役立ち、そして連続的に嗅ぐことを可能にします。

二つ目の鼻〜鋤鼻器

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image by Oscity / Shutterstock

犬のお鼻も私たちと同じく一つ…ではありますが、犬には第二の鼻と呼ばれる嗅覚器官、鋤鼻器(じょびき:vomeronasal organ、ヤコブソン器官とも呼ばれる)があります。嗅上皮とは別の嗅覚器官で、嗅上皮から脳へ向かうルートとは別の神経ルートをとおり副次臭葉に向かいます。犬では鼻腔のしたに位置しており、フェロモンを検知する役割を果たします。鋤鼻器および別のルートをもつことで、犬はフェロモンの分析と他の匂いの分析を混合することはありません。他の犬から発せられるフェロモンの分析には専用のコンピュータサーバが使われているというイメージです。

なお人間にも鋤鼻器はありますが、生まれる前に退化して消えるもので、機能はしていません。もし鋤鼻器が働いていたら、フェロモン刺激を分析しながら財務分析などを同時に進めることができたのかもしれません。

濡れた鼻で粒子をキャッチ

犬の鼻は湿っているときに最もよく機能します。湿った外鼻と粘液で覆われた鼻腔は、香りの粒子を効率的に捕獲するからです。水分は犬の嗅覚にとって非常に重要であるため、犬は乾くと鼻をなめます。いつも鼻を湿った状態にしている犬は、好奇心旺盛で常に新しい匂いを求めているのかもしれません。

外側が乾いている私たちの鼻では、匂い粒子をキャッチする戦いにも勝利することはできないというわけです。


犬の嗅覚はとにかく素晴らしいもので、人間のそれとは比べることができません。匂いが彼らに与えるものを考えるなら、目に入る情報と似ていると考えた方が良さそうです。

SNSで友達の情報を見たり、Netflixで楽しい動画をみるように、彼らはお散歩の中で驚くほどの楽しさを見つけているのではないかと想像できます。犬たちに幸せな時間をプレゼントしたいなら、外に出て匂いを嗅いだり、匂いを使ったゲームをすることをお勧めします。たまには飼い主さんも一緒にクンクンしてみてください。新しい世界が広がるかもしれませんよ。

◼︎以下の資料を参考に執筆しました。
[1] Craven, B. A., Paterson, E. G., & Settles, G. S. (2009). The fluid dynamics of canine olfaction: unique nasal airflow patterns as an explanation of macrosmia. Journal of The Royal Society Interface, 7(47), 933-943.
[2] Dogs’ Dazzling Sense of Smell | NOVA | PBS
[3] 犬であるとはどういうことか―その鼻が教える匂いの世界(2018) アレクサンドラ・ホロウィッツ (著), 竹内和世 (翻訳)、白揚社

Featured image creditArman Novic/ shutterstock

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