ワンコの’性格’はどのように決まるのか?~犬の行動特性に与える遺伝的要因(2)

サイエンス・リサーチ
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さて前回は、犬の’性格’形成には環境要因と遺伝的要因の両方が影響するようであること、そして性格形成に関与する遺伝子にはどんなものがあるかについてお話をしました。

今回は最近の研究事例をあげ、ワンコの気質や行動特性と遺伝子の関連性について明らかになっていることをご紹介します。

ワンコの人に対するソーシャルスキルと遺伝子

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image by patchattack / Flickr

ワンコは、子犬のころから人のコミュニケーションサインをある程度理解する能力があり、飼い主と深い絆を結ぶことができる動物です。“Science Report”に掲載されたスウェーデンの研究[1]によると、ワンコの人に対するソーシャルスキル(コミュニケーションスキル)は特定の遺伝子、ゲノムに関連していることが明らかにされました。

この研究では、8ヵ月齢から6.2歳齢(平均1.8歳齢)の190頭のビーグル犬を対象に、ワンコが困難に遭遇した時、人に対してどのような行動を示すのか調査しています。その後、ゲノムワイド関連解析(Genome Wide Association Study;GWAS)を行い、ワンコの行動と遺伝子との関連性を調べました。

行動調査では、まず、簡単に蓋を開けることができる容器におやつを入れて実験対象ワンコたちに与えました。ワンコたちは、自分で蓋を開けておやつを食べることができました。これを2回繰り返し、3回目には蓋を開かない状態にして容器に入ったままのおやつを与えました。これは、ワンコにとっては大困難です。実験対象ワンコのほとんどは、容器の近くで観察していた女性研究者(実験対象ワンコはこの女性研究者に面識がありません。)に助けを求める行動―目を合わせる、近づく、身体を接触させるなどーを示しました。この様子をビデオに録画し、後に行動学的な解析を行いました。

そして、血液や口腔内細胞を用いてゲノムワイド関連解析を行い、各ワンコの行動と遺伝子との関連性を調査しました。その結果、SEZ6L遺伝子の特定ゲノム領域は、ワンコが人に近づく時間や人とのスキンシップを求める行動に関係していることが明らかになりました。さらに、ARVCF遺伝子の特定ゲノム領域は、ワンコが人に関心を求める行動に関連していると推測されています。また、スキンシップを求める遺伝子は、オスよりもメスのほうに多くみられることもわかりました。

実は、この研究でワンコの人とのソーシャルスキルに関与していることが明らかになった遺伝子と同じブロックの遺伝子は、人の自閉症や注意欠陥・多動性障害に罹患する青少年の攻撃性にも関与していることが知られています。

ワンコの攻撃性や恐怖心と遺伝子

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image by Steve Baker / Flickr

BMC Genomics”という学術誌に掲載されたアメリカの論文[6]には、ワンコの攻撃性・恐怖心と遺伝子との関連性について記されています。

この研究では、IGF1と HMGA2という二つの遺伝子型は、分離不安や接触過敏、飼い主に対する攻撃性、他のワンコに対する競争心が強いなどの行動に関連していることがわかりました。また、18番染色体のGNAT3 とCD36の間とX染色体のIGSF1近くの二つの遺伝子座は、接触過敏、非社会的恐怖、見知らぬ人やワンコに対する恐怖などに関与していることもわかりました。IGF1と HMGA2という遺伝子は、ワンコの体を小さくすることにも関連している遺伝子ということが分かっています。

遺伝子解析はどんなことに役立つの?

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image by Lauren @ RSPCA Australia / Flickr

ワンコの性格形成に関連する遺伝子が徐々に解明されてきていますが、実際にどのようなことに役立つのでしょうか?
 
ワンコは私たちの家族としてだけでなく、麻薬探知犬や盲導犬、警察犬などの作業犬として私たちの生活を助けるために活躍してくれています。この作業犬になるためには、長く厳しい訓練や試験を乗り越えていかなければなりません。しかし、最終的に作業犬になることのできるワンコの数は限られています。作業犬候補ワンコの遺伝子から、正しい適性を見いだせることができれば、不要な訓練を受けるワンコの数は少なくなるでしょう。

また、一般家庭のワンコでは、遺伝子的性格判断を基にワンコの生活環境を改善してあげたり、各遺伝子的要素に関わる性格にあったしつけ法を見つけたり、新しくワンコを迎えるときには有用な情報となるでしょう。 

さらに、遺伝子操作が進化すれば、穏やかな、しつけしやすいワンコを増やすことが可能になるかもしれません(ただ、遺伝子操作に関しては、倫理的問題が伴うかもしれません)。
他にも、ワンコの遺伝子研究が進むことにより、人の社会性疾患などに関する有用な情報を得ることも期待できます。


この世の中にたくさんの哺乳動物が生息する中、ワンコが人の伴侶になることができたのは、遺伝的要素も大きく関与しているのかもしれませんね。

現代では、人の医学進歩にも貢献してくれるワンコ、私たちにとって彼らの存在価値はますます大きくなるばかりです。

Featured image credit Grigorita Ko / Flickr

◼︎以下の資料を参考に執筆しました。
[1] Persson, M. E., Wright, D., Roth, L. S., Batakis, P., & Jensen, P. (2016). Genomic regions associated with interspecies communication in dogs contain genes related to human social disorders. Scientific reports, 6.
[2] 村山美穂. (2012). イヌの性格を遺伝子から探る. 動物心理学研究, 62(1), 91-99.
[3] Lesch, K. P., Bengel, D., Heils, A., & Sabol, S. Z. (1996). Association of anxiety-related traits with a polymorphism in the serotonin transporter gene regulatory region. Science, 274(5292), 1527.
[4] 東京大学獣医動物行動学研究室(森裕司ら)、柴犬の気質(行動傾向)に関わる遺伝子多型の探索
[5] 橋本 亮太 , 安田 由華, 山森 英長、ゲノムによる霊長類における脳機能の多様性の解明、京都大学霊長類研究所
[6] Zapata, I., Serpell, J. A., & Alvarez, C. E. (2016). Genetic mapping of canine fear and aggression. BMC genomics, 17(1), 572.
[7] 南山堂医学大辞典(2015), 南山堂

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