世界で大きな社会問題となっている人の認知症。2010年、全世界の認知症患者数はおよそ3,560万人(日本では約200万人)になり、2030年ごろには認知症の患者数は倍増すると考えられています。
では、犬の世界ではどうなのでしょうか?残念ながら、犬にも認知症はみられます。そして、犬のご長寿が増えるにつれ、認知症の発症も多くなっているのです。
認知症ってどんなもの?
認知症とは、脳の細胞が変化したり、機能が低下することにより、認知力が低下し、生活に支障を及ぼす症候群です。
人の認知症には、アルツハイマー型認知症(全認知症の約60%を占めます)や脳血管型認知症(全認知症の約20%を占めます)、レビー小体型認知症などがあります。一方、犬の認知症は、認知障害症候群もしくは認知機能不全症候群と呼ばれ、人のような分類はされていません。
犬の認知症〜認知障害症候群、認知機能不全症候群
これまでの研究で、人のアルツハイマー型認知症と犬の認知障害症候群には、類似する脳の病変が認められています。例えば、大脳皮質の萎縮や神経細胞の喪失、アミロイドβタンパクの蓄積などです。アミロイドβタンパクは、脳神経細胞の老廃物で、若い犬にはみられませんが、シニア犬の脳で大量に認められています。このアミロイドβタンパクは、記憶を司る大脳皮質や海馬で蓄積する傾向があり、神経機能の障害を起こします。
犬の認知症については、まだまだ解明されていないことがたくさんあるのですが、現時点では、アミロイドβタンパクの蓄積と犬の認知障害症候群との間には深い関連性があると考えられています。
どんな症状がみられるの?
※動画に関する注意:動画は、見当識障害と学習と記憶の変化がみられる犬の様子を記録したものです。犬の認知症ではこの他に、以下に記述する睡眠―覚醒サイクルの変化や昼夜逆転、社会的関係の変化などがみられます。また犬が旋回する行動は、認知症に限らず脳の他の病気でもみられますので、認知症と思い込んだり諦めたりすることなく、病院で検査をしましょう
犬の認知症では、以下のような行動の変化がみられます。
・見当識障害
自分の家や庭、いつも行っている公園など、とても慣れた場所で、自分がどこにいるのかがわからなくなって、うろうろしたり、迷子になることがあります。
・学習と記憶の変化
今まで簡単にできていた指示(お座りや待てなど)がわからなくなったり、トイレの場所を間違えて粗相してしまうことが増えてきます。
・睡眠―覚醒サイクルの変化
お昼寝をする時間が長くなり、夜に起きるという昼夜逆転が起こります。夜中に起きたとき、うろうろと徘徊したり、夜鳴きをしたりすることがあります。
・社会的関係の変化
飼い主さんや他の犬と遊ぶことに興味を示さなくなったり、お散歩に行きたがらなくなります。また、飼い主さんや他の人、他の犬に攻撃的になったりすることがあります。
犬の認知症では、このような症状が全てみられるわけではなく、まず、一つか二つの変化がみられ始め、病気の進行ともに複数の症状を伴うことが多くなります。
ある研究によると、11~12歳の犬の28%は一つ以上、10%は二つ以上の行動変化を示し、15~16歳の犬の約68%は一つ以上、36%は二つ以上の行動変化を示したそうです。
どうやって診断するの?
シニア犬に多くみられる関節炎や腎臓の病気、心臓の病気、ホルモンの変化などにより、元気がなくなったり、散歩に行きたがらなくなったり、散歩の途中で止まってしまったり、身体に触れると不快感を示したり、粗相してしまったりなどの行動変化を見せることがあります。
また、視力や聴力の低下によって、不安そうにしたり、うろうろしているように見えることがあります。また、シニア犬では、環境の変化(引っ越しや家具などを含む大きな模様替え、他の動物が新しくやってきたなど)によって行動変化を起こすことがあります。まずは、行動変化の原因が認知症以外にないか、動物病院で診察してもらうことが必要です。
行動変化の原因が、他の病気や変化のためではないと判断され、上記のような症状が継続してみられる場合、認知症と診断されます。
どのように治療するの?
認知症の治療には、食餌療法や環境の調節、薬物療法などがあります。
・食餌療法
これまでの研究によると、果物や野菜、ビタミンEとビタミンCをたっぷり摂取している犬は、認知力低下の危険性が低くなると考えられています。普段のシニア用フードに果物や野菜などをプラスしてもよいですが、認知症ケアフード(ヒルズのプリスクリプション・ダイエット犬用b/d)を試してみるのもよいかと思います。このフードには、認知症予防に効果的と考えられている抗酸化物や必須脂肪酸が適度に含まれています。ビタミンB、C、Eなどのサプリメントもおすすめです。
・環境調節
認知症ワンコには、適切な運動、訓練、遊びが必要です。また、不安症状のない認知症ワンコであれば、新しいおもちゃで遊んだり、新たな刺激が効果的になることもあります。
見当識障害がみられ、不安症状を示す犬には、日課を決めてみましょう。朝ごはんの時間、お散歩の時間、おやつの時間、遊ぶ時間、夜ご飯の時間を決め、毎日続けてみます。夜起きてしまう犬には、昼間の運動時間を長くしたり、遊ぶ時間を長くしたり、昼間の脳刺激時間を増やしてみましょう。
これまでの研究によると、食餌療法だけ、もしくは環境調節だけを行うよりも、両方を行ったほうが病状は良化したという報告があります。
・薬物療法
犬の認知症薬として、認知症による不安症状を改善させるセレギリンという薬がありますが、この薬は日本では認可されていません。
認知症で一番問題となるのは、夜鳴きや徘徊ではないかと思われます。このような症状への対処療法として、鎮静剤や麻酔薬などが使用されています。ただ、このような薬の使用により、腎臓などへ負担がかかり、認知症を進行させることもあるため、動物病院でよくご相談されることをおすすめします。
・その他のケア
- マッサージ:悪性腫瘍や急性炎症、感染がみられない犬であれば、全身の血液循環を促進し、身体に刺激を与えてくれるマッサージは効果的です。不安症を改善させる効果も期待できます。夜、寝る前に少しの時間でもいいので、全身のマッサージを行ってみましょう。認知症の犬には、できれば毎晩日課として行うことをおすすめします。毎晩マッサージを行うことにより、犬が夜中に起きてしまった時、軽くマッサージをすることにより“寝る時間だよ”と犬の身体と脳にメッセージを送ることができます。
- 温熱療法:ホットカイロなど、柔らかく暖かいもので犬の腰部を温めてみましょう。東洋医学では、シニアになった犬の腰部を温めることにより、いろいろな症状の改善が期待されると考えられています。犬、特にシニア犬は熱に対する反応が鈍くなりやすいので、低温やけどをしないよう、必ず薄手のタオルに巻いて使用してください。温める時間は1回15分までです。長く温めてしまうと、異常が起きたぞ!と体が反応し、炎症を抑える働きが起きてしまいます。認知症ワンコには、日課として毎晩行うことをおすすめします。マッサージと併用するときには、マッサージの前に温熱療法を行うとより効果的です。
これまで、認知症ワンコと過ごした経験はありますが、昼夜逆転による夜鳴き、トイレの失敗、攻撃的行動などのマネージメントをすることが、身体的・精神的に一番大変でした。
一度発症してしまうと、治療が難しい認知症。まずは、ビタミンC やEなどの抗酸化物をたっぷり食べてもらい、適度な運動を心がけ、病気を予防しましょう。また、犬の行動を観察し、何らかの行動変化に気づいたら、早目に動物病院で相談してみましょう。早期発見、早期ケアはとても大切です。
認知症ワンコとの暮らしは、とても大変になることがあります。必要に応じ、時にお薬に頼るのも必要だと思います。犬だけでなく、飼い主さんのクオリティ―オブライフもぜひ大切にしていただきたいと願います。
◼︎以下の資料を参考に執筆しました。
[1] 世界アルツハイマー病協会(2009)世界アルツハイマーレポート
[2] 認知症|疾患の詳細|専門的な情報|メンタルヘルス|厚生労働省
[3] William D.Fortney (2005) 犬と猫の老齢医学、サンダースベテリナリークリニクスシリーズ, インターズー
[4] Dr Kersti Seksel, NOW WHY DID I COME HERE? CANINE COGNITIVE DYSFUNCTION
[5] 認知症とは?原因・症状・対処法から予防まで | 認知症ねっと
[6] Dog Dementia – Texas A&M Veterinary Medicine & Biomedical Sciences
[7] 認知症を予防しよう | 認知症予防協会
[8] 入交眞巳(2014) 犬の認知機能不全症、どのように対処していますか?第35回動物臨床医学会
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