皆さんこんにちは!とうとう、ああ、とうとう、梅雨入りなんですね、地上は。
僕、読書犬のパグ犬ぐりが住んでいるこちら、天国ではジトジトはないのですが、それでもやっぱり雲が多い時季になりました。空がどんよりの日でも、本を読めばあら不思議。いろんな世界に瞬時に飛んでいけますよ。それでは今回も、とっておきの一冊をご紹介します。
小説家と旅
『水曜日の神様』(角田光代著 幻戯書房 2009年)は、作家・角田光代さんの旅エッセイを中心に編まれた本です。角田さんといえば、『八日目の蝉』(中央公論社 2007)や『対岸の彼女』(文芸春秋 2004)など、印象的な作品がたくさんあって、僕も大好きな作家さんの一人ですが、この方、ものすごーく旅に出ている人としても有名です。
この本では、20代のころに初めて行ったタイをはじめとしたアジア各国、またアメリカやニュージーランドなどなど、色々な国での経験が書かれています。しょっぱなの「書くこと、旅すること」では、タイのある島で経験した「死んでしまうかもしれない」という状況が詳細に記録されています。作者、24歳のときのことです。
離島の診療所で
掘立小屋のような診療所しかない離島で、急に病に倒れた角田さん。島の医者の治療を受けるも、なかなか完治せず、もうどうしようもないのではないかと、いっときは絶望の淵に立たされるような状況でした。が、そこをなんとかもちこたえ、帰国します。そしてこの2か月間のタイの旅は、彼女の「書く」という仕事に大きな影響を及ぼします。
書く、ということと、旅をする、ということが、私のなかで密接につながりはじめていた。それはいつしか、どこかを旅すれば小説が書ける、というような思いこみに変わっていった。(p.16)
そしてますます、角田さんは何かにつかれるようにして旅に出るようになり、行った先々でなるべく長く滞在するために安い宿に泊まり、歩き、見て、それをメモしていったそうです。
それから10年がたち、ふと彼女は気づきます。新鮮な驚きを求めて旅する先々で初めて見るもの、聴く音、出会う人に魅了されていた旅。だんだんその新鮮さが失われていくような気がしてきたのです。そして徐々に、経済的には旅をすることが大変ではなくなってきたのと同時に、今度は時間をとることが難しくなっていきます。
書くことと旅することは、私の中でゆっくりと切り離されていった。もはや私は旅に何も求めない。旅先で何か言葉をひねり出すことももうしなくなった。(p.20)
旅と切り離してみると、書くことが各段にらくになったと著者は書いています。そう、ここには、小説家になりたいとがむしゃらに努力する20代の女性の、10年間の軌跡がぎゅっとつまっているのです。なにしろこの章がこの本の冒頭にきているので、しょっぱなから目が離せなくなります。
仕事をするということは、どんな職種であっても生易しいことではなくて、目標をもったり、努力したり、ということの連続なのだと思います。僕はいつも、小説を読む側だけれども、どうしてこんなに角田さんの小説が好きなのかが、そのバックボーンをこのエッセイで知って少しだけわかったような気がしました。
アジアの街角で、犬
他にも、トイレが近くて本当に困った外国での長距離バスでの経験とか(これ、けっこう笑えるストーリー)、なかなか思うようなものが食べられないレストランでのメニュー解読困難経験とか、活字中毒の著者が旅先に持っていく本のこととか、けっこう共感できる話もたくさんあって飽きさせません。
そして、犬。アジア各国を旅されている角田さん。行く先々で、のんびりと過ごす犬たちがちょこっと登場します。そうそう、タイの離島で病気に苦しんでいた時も、診療所の犬が角田さんの手をペロリとなめてくれたそう。
第Ⅲ部は、海外の旅ではなくて、日常の一コマを話題にしたエッセイ集になっています。これも秀逸で、なにしろ誰でもが出合いそうな光景を切り取って描写して、自分の考えも書いて、短い文章にまとめている。やっぱり言葉を扱う仕事の人ってすごいなあーと感心しきりでした。タバコ、温泉、忘れもの、父の記憶、トラウマ…。家族も登場する、どこかホワンと温かいエッセイ、こちらも旅エッセイと同じくらいおすすめです!